今日のテーマについては、まだ研究不足ゆえ、少し引き算して読んで欲しいと思います。
私たちの心には、3歳の子供の自分が住んでいるといいます。
その3歳の子供の自分との付き合い方が、とても重要なのだとも言われています。
殆どの人は、生まれてきて最初に出会う人間は、親であるわけです。
幼児期は、その親の真似をしながら成長するしかありません。
つまり、3歳の自分とは、親との人間関係そのものとも考えることができると思います。
お母さんが自分にしてくださったこととは…
自分がお母さんにしてあげたことは…
お母さんの言動で苦痛を感じたこととは…
自分がお母さんに迷惑をかけたこととは…
そういった幼児期の記憶に心を向けて瞑想してみます。
自分の心の基本についてじっくり考えてみます。
私が思うには、そこで思い出されたことを決して批判しないことだと思います。
そこに自分の欠点や弱さの原因を見出したなら素晴らしいことなのです。
克服するということは、現実を受け入れ直視することから始まります。
ここでは、インナーチャイルド(本音の自分)に優しい気持ちで接し、慈しみ、励まし、抱きしめてあげましょう。子供の自分の声をじっくり聞いてあげましょう。
例えば、身体に障害があるのなら、障害を憎み自分を呪うのではなく、障害を直視し、自分は何ができないのか、どうできないのかを冷静に分析していきます。そして、どうしたら、その障害を克服するかを考えていくわけです。現実から逃げてしまったり避けてしまっては、障害を克服することはできないのです。
障害を克服することは大変なことですが、その過程で優れた知恵が備わっていきます。その知恵とは、決して本で読んだ知識では得られない、価値を失うことのない一生の宝ともいえるものです。
ですから、決して自分を卑下してはいけません。
どんなに苦しい記憶であっても、天から与えられた尊い使命と思って受け入れるのです。
とはいえ、誰もが障害を克服できるとは限りません。もし、挫折してしまっても、自分を責めないでください。もし、うつ病の人なら、薬の力も必要です。うつ病は、脳の病気ゆえ、心の持ち方を変えたからといって治るものではありません。でも、幸福感の持てる考え方を身につけるのなら、薬のような強い効き目は出ないとしても、じわじわと脳の伝達物質のバランスを改善する効果が表れてくると考えています。
とにかく、焦らず、急がず、じっくり取り組んでいきましょう。
世の一切の雑音を遮断し、心を静かに静かに、瞑想にふけることで、インナーチャイルドと対話できるようになります。そして、同じようにして神に心を向けるなら、神から素晴らしいインスピレーション。すなわち知恵を授けられると思うのです。
時々、一人静かに、瞑想する時間を持ちましょう。
2008年05月13日
2008年05月11日
歌の本番
昨日は、第37回盛岡芸術祭声楽部門演奏会「新しい息吹とともに 〜その18〜」(13時30分開場 14時開演 盛岡市民文化ホール「マリオス」 小ホール)に出演しました。
12時35分から15分間のリハーサルがありました。あくまで入退場の練習を中心に、軽く歌うつもりでしたが、客席を見渡すと、岩手の声楽界の重鎮であられる、心より尊敬する松田 晃先生が見にいらしておりました。また、9月23日(秋分の日)にオーケストラ付きでバッハのカンタータの同じ曲を歌えるかもしれないのですが、その依頼者の奥様でピアニストでもあられる方も見に来ていました。そういうこともあり、かなり緊張感のあるリハーサルとなりました。
リハーサルの後で、妻と二人で松田先生と話をする機会を得ました。妻がうつ病で苦しんでいることをとても心配してくださいました。そして、松田先生は、妻の卒業した高校で14年も教鞭をとったこと、そして、その高校で3年連続、合唱部を岩手県1位にしたことを話してくださいました。妻は、卒業した高校がレベルが低いと思い込み劣等感を抱いておりました。先生と語り合ううちに母校に誇りを持てるようになったとのことです。私が先生に、妻が絵画で内閣総理大臣賞を取ったことを話したところ、それは大変誉めてくださいました。妻は、そのことで大変、上機嫌となったのですが、その際に脳内物質のバランスが良くなったのかもしれません。顔の輝きが以前と違っていると感じられました。また、私も、秋の岩手芸術祭で、ロ短調ミサのバスのアリアを歌いたい旨を話したところ、先生は以前に先生の率いる盛岡コメット混声合唱団でやったことがあるとのこと、レッスンを付けてくださると約束してくださいまいた。
本番には、多くの人が足を運んでくださいました。楽屋に花束やお花代が届き、大変励みとなりました。前回の盛岡芸術祭は、一般参加のみでしたが、今回はいろいろ事情があったようで、中高生も参加しました。第一部で歌った不来方高校3年工藤君は、第6回全国日本彩明ムジカコンコルソ声楽部門高校生の部で全国1位となった実力を持ち、力強いその歌唱には、世界の舞台で活躍できる器を感じられました。サインでも貰っておけば良かったかな。※上の写真は、楽屋のテレビモニターの画面です。
私はプロブラムの終わりから2番目に歌いました。J.S.バッハ カンタータ78番「イエスよ、汝はわが魂を」より、第5番レチタティーヴォ 第6番アリアと、E.di カプアのオー・ソレ・ミオ(わが太陽)を歌いました。
会場を見渡すと、知っているお顔を多く見つけることができました。そのことで、かなりパワーをもらえたと思います。特に、オー・ソレ・ミオは、笑顔で歌うことができました。終わりの決めの高音もいつもより長く出したのにもかかわらず息がしっかり続きました。大きな拍手に感動をしました。ピアノ伴奏の先生にも感謝の気持ちでいっぱいでした。
コンサートが終わってから、ロビーに出て、多くに人から祝福を受けることができました。その後、舞台上で出演者全員での記念写真を撮りました。
下の録音は、本番のものではなく、3日前の練習で録ったものです。本番では、この録音を元にさらに進化させることが出来ました。本番の演奏の様子はビデオで取ったとのこと、後日、DVDにしたものをプレゼントされるとのことです。
応援してくださった方々に、心より感謝でいっぱいです。
2008年05月09日
親孝行
昨日は、トータル・カウンセリング・スクール主催、田中 信生師講演会「人生を楽しむ とっておきの知恵」に妻と母と行ってきました(於:盛岡市民文化ホール 大ホール 開演:午後6時30分)。母は、先生の講演のテープを毎日欠かさず聴いて、元気を回復できたこともあり、私は母のために最前列の座席を取りました。開演前に、母が会いたいといっていた渡辺 裕子先生を見つけたので、先生に母を紹介しました。それからすぐに、今度は田中 信生先生が母に会いにいらっしゃいました。母は、それは感動しておりました。先生にご著書にサインもしてもらった他、講演の中で3度も母の名前をフルネームで呼んで、母が難病を克服したことについて紹介してくださいました。母は、かなり興奮しておりました。いい親孝行になったと思います。来年の講演会は、偶然、母の誕生日なのですが、来年も家族で元気で出席できたらと思います。
先生のご講演で心に残ったことは、スキーをやっていて、「木にぶつかる。木にぶるかる。」と木を見て滑ると、木に向かっていてしまいぶつかってしまう。私たちは、自分の影を見て生きてしまいがちだけど、影を見ていると言うことは、お日様を背負って立っていること。くるりとお日様の方に向きを変えてみよう。そして、何があっても「よかったね」と言ってみる。怪我をしても、「よかったね」と。それから、どうしてよかったかについて考えてみる。すると、そのことが知恵となってくる。知識は時に私たちを裏切るけど、知恵は人と人とを愛で結んでくれる。
明日は、歌の本番です。急に気温が下がり、ちょっと寒気がするので、今日は無理をせず、風邪をひかないように体調を整えたいと思います。
先生のご講演で心に残ったことは、スキーをやっていて、「木にぶつかる。木にぶるかる。」と木を見て滑ると、木に向かっていてしまいぶつかってしまう。私たちは、自分の影を見て生きてしまいがちだけど、影を見ていると言うことは、お日様を背負って立っていること。くるりとお日様の方に向きを変えてみよう。そして、何があっても「よかったね」と言ってみる。怪我をしても、「よかったね」と。それから、どうしてよかったかについて考えてみる。すると、そのことが知恵となってくる。知識は時に私たちを裏切るけど、知恵は人と人とを愛で結んでくれる。
明日は、歌の本番です。急に気温が下がり、ちょっと寒気がするので、今日は無理をせず、風邪をひかないように体調を整えたいと思います。
2008年05月06日
「家族サポーター」(カウンセリングの基本はヘレン・ケラーにあると思う理由)
最近のことですが、心の病は、ある方法で10分で治るなどと嘘めいたサイトを目にしました。
そんな魔法のようなことがあるのでしょうか。かなりの眉唾ものでした。
私は、カウンセリングの基本は、ヘレン・ケラーとその家庭教師サリバン先生の関係なのだと思います。
サリバン先生は、三重苦という重い障害のために、野獣のように暴れる少女ヘレンに人生の全てを捧げる決意をしたのでした。そのことで、ヘレンは、世界中の人々に感動を与える偉人へと成長したのでした。
私は、妻とヘレンとサリバン先生と似たような関係を築いています。一生を掛けるつもりで無いと、彼女の心の病とは闘っていけないと思うからです。そして、そうやって共に闘っていくことに大きな価値を見出しています。
そう考えると、カウンセリングで多くの人の心を救うなんて、あり得ないことと言うしかありません。
一つ出来ることがあるとすれば、私のように、愛する人の心の病と一生闘っていこうと決意した人に、良い知恵や情報を与えることならできると思うのです。
カウンセラーは、そういった知恵や情報を持っている人と考えることができますが、一人の人に一生を捧げるような情熱で、多くの人と接することはできません。興奮し、混乱しているクライアント(相談者)の心を静め、落ち着いて考えられる状態を作ってあげるまでで精一杯なのが現実なのではないでしょうか。
そういう意味で、心を病んでいる人の強力なサポーターとなる人をバックアップするという形の「カウンセリング講座」の重要性がこれから高まっていくような気がします。
ちなみに私は、トータル・カウンセリング・スクールでカウンセリングについて学びました。以前は、カウンセラー養成を趣旨にやっていたスクールで、私も上級コースまで履修いたしました。最近では、そういった強力な家族サポータ養成のスクールへと方向性が変わってきているようです。
病気になっている本人が、自分の力で病気を克服するということは、あまりにもキツイことといえます。もし、夫に助けを求めるのなら、夫をカウンセリングスクールに通わせると良いと思うのです。夫に病気への理解をしてもらうことが一番だからです。母親に助けを求めるのなら、母親にカウンセリングスクールに通わせると良いと思うのです。
どうして、「家族サポーター」なのかと思ったのですが、最近、その理由がわかってきたように思います。
そんな魔法のようなことがあるのでしょうか。かなりの眉唾ものでした。
私は、カウンセリングの基本は、ヘレン・ケラーとその家庭教師サリバン先生の関係なのだと思います。
サリバン先生は、三重苦という重い障害のために、野獣のように暴れる少女ヘレンに人生の全てを捧げる決意をしたのでした。そのことで、ヘレンは、世界中の人々に感動を与える偉人へと成長したのでした。
私は、妻とヘレンとサリバン先生と似たような関係を築いています。一生を掛けるつもりで無いと、彼女の心の病とは闘っていけないと思うからです。そして、そうやって共に闘っていくことに大きな価値を見出しています。
そう考えると、カウンセリングで多くの人の心を救うなんて、あり得ないことと言うしかありません。
一つ出来ることがあるとすれば、私のように、愛する人の心の病と一生闘っていこうと決意した人に、良い知恵や情報を与えることならできると思うのです。
カウンセラーは、そういった知恵や情報を持っている人と考えることができますが、一人の人に一生を捧げるような情熱で、多くの人と接することはできません。興奮し、混乱しているクライアント(相談者)の心を静め、落ち着いて考えられる状態を作ってあげるまでで精一杯なのが現実なのではないでしょうか。
そういう意味で、心を病んでいる人の強力なサポーターとなる人をバックアップするという形の「カウンセリング講座」の重要性がこれから高まっていくような気がします。
ちなみに私は、トータル・カウンセリング・スクールでカウンセリングについて学びました。以前は、カウンセラー養成を趣旨にやっていたスクールで、私も上級コースまで履修いたしました。最近では、そういった強力な家族サポータ養成のスクールへと方向性が変わってきているようです。
病気になっている本人が、自分の力で病気を克服するということは、あまりにもキツイことといえます。もし、夫に助けを求めるのなら、夫をカウンセリングスクールに通わせると良いと思うのです。夫に病気への理解をしてもらうことが一番だからです。母親に助けを求めるのなら、母親にカウンセリングスクールに通わせると良いと思うのです。
どうして、「家族サポーター」なのかと思ったのですが、最近、その理由がわかってきたように思います。
2008年05月02日
24.内なる批判者に気をつける
何か大きなミスを犯した場合、周りの人が協力してくれて難を得るようなことは何度もありました 。
誰も責めていないのに、内なる自分の言葉に傷つき激しく落ち込むことがありました。
皆さんは、そういう体験はありませんか。
私は、不器用な正確なもので、何をやってもビリからのスタートでした。最近は、そういったトラ ウマは克服できているのですが、どうしても笑われて恥ずかしい思いをした記憶が頭をよぎってし まい、成功ではなく、失敗を頭に描いてしまうので上手くいかないのです。
「成功とは、成功を頭にイメージすることで得られる」ということに気が付くのには、随分時間が 掛かりました。
頭にイメージしたことが現実のものとなるのです。良いものであれ、悪いものであれ、頭に描いた イメージが現実を生んでいるのですから。
私の子供の頃は、自閉症気味で元気に乏しい子供でした。それが原因で、クラスの皆のスピードに ついていけず、置いてきぼりになることが多かったのです。悲惨なのは体育の授業で、目立たない 私も、この時ばかりは、ダメすぎて目立ってしまい皆から笑い者の餌食とされました。
笑い者にされれるとされるほど、体が硬直し、失敗のイメージしか浮かばなくなってしまうのです 。
こんなことが長いこと続いているうちに、そんな自分から抜け出せなくなっていきました。
ところが、10歳の時、スキー事故で、あわや左腕切断となるほどの大怪我をしたのです。その時の 体験と恩人達との出会いを通し、積極的な性質を身に付けていくこととなりました。詳しくは、別 の機会にお話します。
わが国は、ある意味でイラクよりも危険な国なのかもしれません。以前に営業の仕事を通してそう 感じました。
毎日、仕事が終わると上司のところに業務報告をしにいかなくてはなりませんでした。その時浴び せられる言葉がなんとも酷いものでした。その頃の私は、割と要領が良くなっていたのですが、待 っている時に、前の人が激しくどやされている声が聞こえてきます。それだけで、胃が痛くなった ものです。
「馬鹿かオマエは。努力してこんなものだったら、人間やめた方がいいんじゃないか」
「契約の取れない営業マンは、虫けら以下だ」
「オマエ、帰りにロープを買って帰れよ。そして首を吊って死んでしまえ」
日本では、1998年以降10年連続で3万人以上の人が自殺しているのだそうです。これは、イラクの戦場で戦死した人の数を超えている数字です。日本は戦争の危険はありませんが、命が粗末にされているというい意味では、戦場と変わりありません。しかも、戦場以上に危険ということになります。
こんな言葉を毎日、毎日、受けていたら、心の中の内なる批判者がどんどん強くなってしまします 。そして、ついには、自分で自分を罰してしまうのです。
内なる批判者に負けないためには、良い結果を出すために全力を尽くすこともあります。私は、そ の方法で乗り切ってきました。仕事が終わってもすぐに帰らずに、目に入る仕事の内容の全てをメ モを取り、その徹底的に調べる。わからないことは先輩に尋ねる。さらには、単語カードなど用い て頭に叩き込むようなこともしました。しかし、10歳以前の内気な自分なら、そうはいかなかった ことでしょう。
殺人者同様の心を持つ上司を哀れ見ることでも良いと思うのです。
『聖書』を読むと上司と自分の立場が逆転していることに気付きます。「自分は間違っていない」 と考えられると、どんな酷い言葉にも耐えることができるようになります。もちろん、『仏典』で も、同じように考えることができると思います。
病気や障害は、決して恥ずかしいことではありません。胸を張って、プライド持って、病気や障害を持っている自分のままでも尊い存在であると考えて、自分を応援することを大切にしていきましょう。
誰かに憎しみの心を向けていると自分が応援できなくなります。周りの人を励ますことができると 、自然と自分を応援できる感覚が掴めるようになると思います。励ますことができないとしても、 憎しみの心を少しずつ捨てていくことで、その感覚は掴めるようになることでしょう。
私が、できるだけ憎しみを捨て、ポジティブなアファメーションを行っているのはそのためです。
命の尊さを第一に考えて、どんなに批判をされても「自分は間違っていない」と考えよう。
内なる批判者を内なる応援者へと変えていこう。
※こののフレーズを10回声に出して唱えると、アファメーション(自分自身に向かって唱える自 己肯定の言葉)効果がありますよ (=^・^=)ノ
参考文献:『自信の法則』 ジェリー・ミンチントン=著 弓場 隆=訳 (ディ スカバー)
誰も責めていないのに、内なる自分の言葉に傷つき激しく落ち込むことがありました。
皆さんは、そういう体験はありませんか。
私は、不器用な正確なもので、何をやってもビリからのスタートでした。最近は、そういったトラ ウマは克服できているのですが、どうしても笑われて恥ずかしい思いをした記憶が頭をよぎってし まい、成功ではなく、失敗を頭に描いてしまうので上手くいかないのです。
「成功とは、成功を頭にイメージすることで得られる」ということに気が付くのには、随分時間が 掛かりました。
頭にイメージしたことが現実のものとなるのです。良いものであれ、悪いものであれ、頭に描いた イメージが現実を生んでいるのですから。
私の子供の頃は、自閉症気味で元気に乏しい子供でした。それが原因で、クラスの皆のスピードに ついていけず、置いてきぼりになることが多かったのです。悲惨なのは体育の授業で、目立たない 私も、この時ばかりは、ダメすぎて目立ってしまい皆から笑い者の餌食とされました。
笑い者にされれるとされるほど、体が硬直し、失敗のイメージしか浮かばなくなってしまうのです 。
こんなことが長いこと続いているうちに、そんな自分から抜け出せなくなっていきました。
ところが、10歳の時、スキー事故で、あわや左腕切断となるほどの大怪我をしたのです。その時の 体験と恩人達との出会いを通し、積極的な性質を身に付けていくこととなりました。詳しくは、別 の機会にお話します。
わが国は、ある意味でイラクよりも危険な国なのかもしれません。以前に営業の仕事を通してそう 感じました。
毎日、仕事が終わると上司のところに業務報告をしにいかなくてはなりませんでした。その時浴び せられる言葉がなんとも酷いものでした。その頃の私は、割と要領が良くなっていたのですが、待 っている時に、前の人が激しくどやされている声が聞こえてきます。それだけで、胃が痛くなった ものです。
「馬鹿かオマエは。努力してこんなものだったら、人間やめた方がいいんじゃないか」
「契約の取れない営業マンは、虫けら以下だ」
「オマエ、帰りにロープを買って帰れよ。そして首を吊って死んでしまえ」
日本では、1998年以降10年連続で3万人以上の人が自殺しているのだそうです。これは、イラクの戦場で戦死した人の数を超えている数字です。日本は戦争の危険はありませんが、命が粗末にされているというい意味では、戦場と変わりありません。しかも、戦場以上に危険ということになります。
こんな言葉を毎日、毎日、受けていたら、心の中の内なる批判者がどんどん強くなってしまします 。そして、ついには、自分で自分を罰してしまうのです。
内なる批判者に負けないためには、良い結果を出すために全力を尽くすこともあります。私は、そ の方法で乗り切ってきました。仕事が終わってもすぐに帰らずに、目に入る仕事の内容の全てをメ モを取り、その徹底的に調べる。わからないことは先輩に尋ねる。さらには、単語カードなど用い て頭に叩き込むようなこともしました。しかし、10歳以前の内気な自分なら、そうはいかなかった ことでしょう。
殺人者同様の心を持つ上司を哀れ見ることでも良いと思うのです。
『聖書』を読むと上司と自分の立場が逆転していることに気付きます。「自分は間違っていない」 と考えられると、どんな酷い言葉にも耐えることができるようになります。もちろん、『仏典』で も、同じように考えることができると思います。
病気や障害は、決して恥ずかしいことではありません。胸を張って、プライド持って、病気や障害を持っている自分のままでも尊い存在であると考えて、自分を応援することを大切にしていきましょう。
誰かに憎しみの心を向けていると自分が応援できなくなります。周りの人を励ますことができると 、自然と自分を応援できる感覚が掴めるようになると思います。励ますことができないとしても、 憎しみの心を少しずつ捨てていくことで、その感覚は掴めるようになることでしょう。
私が、できるだけ憎しみを捨て、ポジティブなアファメーションを行っているのはそのためです。
命の尊さを第一に考えて、どんなに批判をされても「自分は間違っていない」と考えよう。
内なる批判者を内なる応援者へと変えていこう。
※こののフレーズを10回声に出して唱えると、アファメーション(自分自身に向かって唱える自 己肯定の言葉)効果がありますよ (=^・^=)ノ
参考文献:『自信の法則』 ジェリー・ミンチントン=著 弓場 隆=訳 (ディ スカバー)
2008年04月27日
人に好かれる秘訣
私は、子供の頃は、人気者には程遠い少年でした。そのことが長いことトラウマとなって、大人になってからも随分苦しみました。ゆえに、今日のテーマは書く資格はないかもしれません。
大人になってからも、自分は女性にはモテないと思い込んでいました。これが、単なる思い込みであったと気づくのには随分時間がかかりました。
この思い込みが、自信のない頼りないイメージを振りまいていたことを本人は気づいていなかったのです。
といって、声楽家を志していた時代には、人からうらやましがられるような美女と交際したこともあったのですが、当時の私は、女性の心理をよく理解していなかったようです。
学校で成績が一番といったような時は、割とモテたのですが、入学した当初の成績がビリの頃は、それは酷いものがありました。その後、声楽の道を断念し、盛岡に帰ってきてからは、モテない男に逆戻りしてしまいました。
どうやら、異性からモテてない理由は、輝いていないということなのだと気づきました。
不思議と同性からはモテました。これは、モテない者同士での傷のなめ合いによる安心感を得ていたとでも言うのか、今思うと後ろ向きで情けない人間関係を築いていたように思います。(以前の自分も肯定的に考えて見ようと思います。あの時は、悲惨だったけど、あの悲惨さがあったからこそ、人に優しくできるのかもしれません。もちろん同性の友人も大切にしようと思います。)
何も才能を見せ付けないと輝かないかというと、そうでもないようです。さわやかな笑顔と、落ち着いた言動、さらには清潔感のあるセンスの良い着こなしをしていれば、たとえ禿頭であっても、背が低くとも、太っていたとしても異性からモテるものです。
これは、男性のみならず、女性にも言えることだと思います。以前には容姿が悪いと感じられた女性が、しばらく見ないうちに素晴らしく魅力的な女性へと変身していて驚かされたことがあります。今流行りの美容整形をしたわけでもありません。素敵な彼氏の影響により、言動やファッションセンスが洗練されたのでした。
さて、「人に与える第一印象は、三秒で決まる。しかし、その印象を覆すには三年かかる」のだと言われています。
「初対面の3秒が勝負」とも言われています。
レジの店員さんは、「いらっしゃいませ」といいます。これは、ごく普通のことですよね。でも、リピーターを生み出すカリスマ店員さんはちょっと違うのだそうです。
「あ、いらっしゃいませ」と、必ず「いらっしゃいませ」の前に「あ、」が入るのだそうです。
この一瞬の間で、輝く笑顔と「まなざしパワー」をお客さんに送っているのだそうです。その後、すぐに仕事の方に目線を戻しても大丈夫。そのわずか3秒で、お客さんの心をしっかり捉えてしまっているというのです。
さらに技を加えると、「まなざしパワー」を送る瞬間、目をつぶるのだそうです。そうすると、目力がパワーアップするのだとか… モテる人は、瞬きを効果的に用いているとのことです。
人は誰でも自分に一番関心を持っています。その証拠に、旅行行って記念写真を撮り、仕上がったときに真っ先に見るのは誰の顔でしょうか。もちろん、「自分の顔」ではないでしょうか。
同じように、他の人においても自分に関心があるわけですから、その人の「自分に関心を持って欲しい」という欲求をかなえてあげることが、人から好かれる一番の方法だと思うのです。
もちろん誉めることは大切なのですが、お世辞では、すぐにメッキが剥がれてしまいます。やはり、相手の些細な言動にも興味をもって接し、理解しようという心配りが大切なのだと思います。
モテないというのは、単なる思い込みと考えよう。
少しずつでいいから、言動やファッションセンスを磨いていこう。
また、素敵なまなざしと、繊細な心配りを身に付けよう。
参考文献:『自分を好きになる本』 木裕樹著(PHP)
大人になってからも、自分は女性にはモテないと思い込んでいました。これが、単なる思い込みであったと気づくのには随分時間がかかりました。
この思い込みが、自信のない頼りないイメージを振りまいていたことを本人は気づいていなかったのです。
といって、声楽家を志していた時代には、人からうらやましがられるような美女と交際したこともあったのですが、当時の私は、女性の心理をよく理解していなかったようです。
学校で成績が一番といったような時は、割とモテたのですが、入学した当初の成績がビリの頃は、それは酷いものがありました。その後、声楽の道を断念し、盛岡に帰ってきてからは、モテない男に逆戻りしてしまいました。
どうやら、異性からモテてない理由は、輝いていないということなのだと気づきました。
不思議と同性からはモテました。これは、モテない者同士での傷のなめ合いによる安心感を得ていたとでも言うのか、今思うと後ろ向きで情けない人間関係を築いていたように思います。(以前の自分も肯定的に考えて見ようと思います。あの時は、悲惨だったけど、あの悲惨さがあったからこそ、人に優しくできるのかもしれません。もちろん同性の友人も大切にしようと思います。)
何も才能を見せ付けないと輝かないかというと、そうでもないようです。さわやかな笑顔と、落ち着いた言動、さらには清潔感のあるセンスの良い着こなしをしていれば、たとえ禿頭であっても、背が低くとも、太っていたとしても異性からモテるものです。
これは、男性のみならず、女性にも言えることだと思います。以前には容姿が悪いと感じられた女性が、しばらく見ないうちに素晴らしく魅力的な女性へと変身していて驚かされたことがあります。今流行りの美容整形をしたわけでもありません。素敵な彼氏の影響により、言動やファッションセンスが洗練されたのでした。
さて、「人に与える第一印象は、三秒で決まる。しかし、その印象を覆すには三年かかる」のだと言われています。
「初対面の3秒が勝負」とも言われています。
レジの店員さんは、「いらっしゃいませ」といいます。これは、ごく普通のことですよね。でも、リピーターを生み出すカリスマ店員さんはちょっと違うのだそうです。
「あ、いらっしゃいませ」と、必ず「いらっしゃいませ」の前に「あ、」が入るのだそうです。
この一瞬の間で、輝く笑顔と「まなざしパワー」をお客さんに送っているのだそうです。その後、すぐに仕事の方に目線を戻しても大丈夫。そのわずか3秒で、お客さんの心をしっかり捉えてしまっているというのです。
さらに技を加えると、「まなざしパワー」を送る瞬間、目をつぶるのだそうです。そうすると、目力がパワーアップするのだとか… モテる人は、瞬きを効果的に用いているとのことです。
人は誰でも自分に一番関心を持っています。その証拠に、旅行行って記念写真を撮り、仕上がったときに真っ先に見るのは誰の顔でしょうか。もちろん、「自分の顔」ではないでしょうか。
同じように、他の人においても自分に関心があるわけですから、その人の「自分に関心を持って欲しい」という欲求をかなえてあげることが、人から好かれる一番の方法だと思うのです。
もちろん誉めることは大切なのですが、お世辞では、すぐにメッキが剥がれてしまいます。やはり、相手の些細な言動にも興味をもって接し、理解しようという心配りが大切なのだと思います。
モテないというのは、単なる思い込みと考えよう。
少しずつでいいから、言動やファッションセンスを磨いていこう。
また、素敵なまなざしと、繊細な心配りを身に付けよう。
参考文献:『自分を好きになる本』 木裕樹著(PHP)
2008年04月24日
23.前向きに生きる
昨日、新しくオープンしたイオンスーパーセンター盛岡渋民店に行ってきました。中古パソコンのPCPRO Shopで店員さんから親切な商品説明を受けました。オープン記念価格ですが、2003年製造のNECのモバイルノートパソコン(Pentium 3)が3万円台で買えるのです。OSは動作確認用なので、OSを新規インストールし、メモリを若干増設しても5万円台なのです。バッテリーは3時間半も持つことが確認できましたし、オフィスソフトは、キングソフトオフィスが入っていて、いろいろ使ってみたところMicrosoftのWordやExcelと操作機能が全く同じでした。しかもPowrePointも入っています。さすがコピー天国の中国のソフトだと思いました。でも、貧乏人にはありがたいソフトだと思いました。
私は、昨年、2000年に購入したWindows 98 SEのデスクトップパソコンをWindows XPにアップグレードしました。OSをアップグレードしただけではなく、メモリの増設、USB2.0インターフェースカード、LANカード等も増設および交換もしました。それに掛かった費用を考えると、昨日のパソコンなら新しく買っても良かったと思いました。昨年のパソコンのアップグレードによる一番の痛手は、システムが完成するまで約2ヶ月も悩まされたことです。本当に、時間を失いました。
パソコンはどんどん新しくなっていくので、今のパソコン環境がいつまで使えるのか、不安になりました。それで、自分で修理してでも、長期使用しようと考えたのですが、そのことで神経衰弱にもなりました。うつ病がさらに悪化することになりました。今思うと、パソコンのアップグレードなんて考えなくても、もっと楽に、そんなにお金を掛けずにWindows XPパソコンを購入できたのです。
どうやら、私にとって一番自分の足を引っ張っている心の方向性は、「不安」なのだと思いました。
何回か前の記事にこう書きました。
命に与えられている不思議な力を信じていきましょう。私たちが復讐しなくても、一切手を汚さなくても、私たちがやるより上手に、もっと厳しく復讐してくれるものです。同様に、私たちが、あくせく考えなくても、私たちがやるより上手に、もっと素晴らしい方法で人生を導いてくれるものです。
人生、歩みを止めない限り「失敗」という概念を持つ必要はないのだと思います。失敗に思えるようなことでも、続けていくことで「進化」へと結びついていくからです。
「不安」とは、心身ともにダメージを与える良くない心の方向性なのだと思います。「失敗」を恐れる心がそこにはあります。そして、「失敗」があると、誰かを責めたり恨んだりするといったことも付いてきます。やがて、そういったことが習慣化していくと癌体質になっていくのです。
それより、「なるようになるさ」とか、「自分が思っている以上に命に与えられている導きは優れている」
そう楽観的に考えた方が、最善な生き方が引き出されるように思うのです。
心配は無益だと考えよう。
失敗なんて意識せずに、逆境を乗り越えて「進化」していく自分を楽しんでみよう。
もっと、「命に与えられている導き」を信じてみよう。
※このフレーズを10回声に出して唱えると、アファメーション(ポジティブな言葉を繰り返し唱えて潜在意識をクリーニングすること)の効果がありますよ。
参考文献:『自信の法則』 ジェリー・ミンチントン=著 弓場 隆=訳 (ディスカバー)
私は、昨年、2000年に購入したWindows 98 SEのデスクトップパソコンをWindows XPにアップグレードしました。OSをアップグレードしただけではなく、メモリの増設、USB2.0インターフェースカード、LANカード等も増設および交換もしました。それに掛かった費用を考えると、昨日のパソコンなら新しく買っても良かったと思いました。昨年のパソコンのアップグレードによる一番の痛手は、システムが完成するまで約2ヶ月も悩まされたことです。本当に、時間を失いました。
パソコンはどんどん新しくなっていくので、今のパソコン環境がいつまで使えるのか、不安になりました。それで、自分で修理してでも、長期使用しようと考えたのですが、そのことで神経衰弱にもなりました。うつ病がさらに悪化することになりました。今思うと、パソコンのアップグレードなんて考えなくても、もっと楽に、そんなにお金を掛けずにWindows XPパソコンを購入できたのです。
どうやら、私にとって一番自分の足を引っ張っている心の方向性は、「不安」なのだと思いました。
何回か前の記事にこう書きました。
命に与えられている不思議な力を信じていきましょう。私たちが復讐しなくても、一切手を汚さなくても、私たちがやるより上手に、もっと厳しく復讐してくれるものです。同様に、私たちが、あくせく考えなくても、私たちがやるより上手に、もっと素晴らしい方法で人生を導いてくれるものです。
人生、歩みを止めない限り「失敗」という概念を持つ必要はないのだと思います。失敗に思えるようなことでも、続けていくことで「進化」へと結びついていくからです。
「不安」とは、心身ともにダメージを与える良くない心の方向性なのだと思います。「失敗」を恐れる心がそこにはあります。そして、「失敗」があると、誰かを責めたり恨んだりするといったことも付いてきます。やがて、そういったことが習慣化していくと癌体質になっていくのです。
それより、「なるようになるさ」とか、「自分が思っている以上に命に与えられている導きは優れている」
そう楽観的に考えた方が、最善な生き方が引き出されるように思うのです。
心配は無益だと考えよう。
失敗なんて意識せずに、逆境を乗り越えて「進化」していく自分を楽しんでみよう。
もっと、「命に与えられている導き」を信じてみよう。
※このフレーズを10回声に出して唱えると、アファメーション(ポジティブな言葉を繰り返し唱えて潜在意識をクリーニングすること)の効果がありますよ。
参考文献:『自信の法則』 ジェリー・ミンチントン=著 弓場 隆=訳 (ディスカバー)
YouTubeにはまっています
しろねこは、最近、YouTubeにはまっています。
YouTubeの動画は、Getter1というフリーソフト( http://hccweb1.bai.ne.jp/ili/getter1.html )か、Piyo Piyo Labsというサイト( http://www.piyo2.info/project_youtube_download/ )を通してダウンロードが可能です。ダウンロードしたファイルは、flvファイルで、Windowsの機能では再生できません。
それで、VLCPortable( http://pasokon.main.jp/contents/use/portable_vlc.html )か、FLVP( http://www.vector.co.jp/soft/win95/art/se393322.html )といったフリーソフトで再生して楽しむことが可能です。
Windows Media Playerで再生して見るには、フリーソフトのhugflash( http://www.forest.impress.co.jp/lib/pic/video/flash/hugflash.html )でflvファイルをaviファイルに変換します。携帯電話のムービーをQuickTimeで再生して楽しんでいる人なら、フリーソフトの携帯動画変換君( http://www.forest.impress.co.jp/lib/home/ktai/ktaipic/keitaidouga.html )により、flvファイルを3gpファイルに変換できるのでQuickTimeの方で楽しむことができます。3,400円掛かりますが、QuickTime Proにアップグレードすると、3gpファイルをWindows Media Playerで再生できるaviファイルに変換できます。フリーソフトを使いこなすには、使えないからと諦めずに、いろいろ実験してみることに限ります。中には、導入して2年も経った頃、ガチャガチャいじっていて、ふと使い方が理解できたものもありました。今後マスターしたいフリーソフトは、ホームページ上の動画をキャプチャ保存するソフト(カハマルカの瞳)や、移調譜も作れる楽譜作成ソフト(Finale NotePad 2007J)などあります。
YouTubeでは、特にクラシックの演奏の動画を楽しんでいます。有名指揮者の聴き比べ、有名ピアニストの聞き比べ等、CDも買えない貧乏なしろねこにとって夢のようなことではあります。その他、歌謡曲やロックの動画はもちろん、F1の伝説の名ドライバーのレースシーンとか、お笑いの芋洗坂係長とかの動画も楽しんでいます。
さて、人間関係とは難しいものです。一本の電話により、一日がメチャメチャに乱れてしまうということが、何日か続いて疲れてしまいました。その結果、グリーやミクシィでのコメントへのお返事を書くのがおっくうになっています。
ある人は、インターネットができないゆえ、しろねこに頼むと欲しいものが購入できるという心にシナリオを描いたようです。ところが、しろねこは、朝から晩までスケジュールが入っていて、対応できず断るしかありませんでした。そのことで、その人は、自分の心のシナリオが崩れ、激しく落ち込んでしまったのでした。しろねこには、その人への悪意なんて微塵もありません。不本意にも相手を傷つけてしまったことで、暗い気持ちになってしまいました。実は、過密スケジュールに関しても、断れない人の良さが招いたもので、何の生活の足しにならないものなのです。ストレスだけがたまっていきます。
人は、頭に描くイメージ(シナリオ)に導かれて未来が築かれていきます。しかし、もしそれが、相手があってこそのもので、しかも自己中心的に描かれたものなら、自分も相手も傷つけることになるのだと思います。
アファメーション(ポジティブな言葉を繰り返し唱えて潜在意識をクリーニングすること)する際に、大切なことは、「共に」というキーワードです。
ということで、しろねこは、他人の言葉に振り回されたり、一喜一憂をせず、凛と立っていられる心の方向性を身に付けたいと考えています。でないと身が持たないからです。
YouTubeは、誰にも迷惑を掛けずに一人で楽しむことができます。YouTubeの動画コレクション集めは楽しいものです。
上記で紹介したソフトが使えないと助けを求めてくる人があるかもしれません。お断りしておきますが、そういったサポートは一切いたしません。執念でネットで調べるなら、詳しい使い方を公開しているサイトを見つけられる筈ですので、どうか自己責任でやってください m(__)m
現在、しろねこは、目の前にあるハードルを越えるとかなり楽になってくるように感じています。苦しいですが、もう少し、頑張ってみようと思います。
YouTubeの動画は、Getter1というフリーソフト( http://hccweb1.bai.ne.jp/ili/getter1.html )か、Piyo Piyo Labsというサイト( http://www.piyo2.info/project_youtube_download/ )を通してダウンロードが可能です。ダウンロードしたファイルは、flvファイルで、Windowsの機能では再生できません。
それで、VLCPortable( http://pasokon.main.jp/contents/use/portable_vlc.html )か、FLVP( http://www.vector.co.jp/soft/win95/art/se393322.html )といったフリーソフトで再生して楽しむことが可能です。
Windows Media Playerで再生して見るには、フリーソフトのhugflash( http://www.forest.impress.co.jp/lib/pic/video/flash/hugflash.html )でflvファイルをaviファイルに変換します。携帯電話のムービーをQuickTimeで再生して楽しんでいる人なら、フリーソフトの携帯動画変換君( http://www.forest.impress.co.jp/lib/home/ktai/ktaipic/keitaidouga.html )により、flvファイルを3gpファイルに変換できるのでQuickTimeの方で楽しむことができます。3,400円掛かりますが、QuickTime Proにアップグレードすると、3gpファイルをWindows Media Playerで再生できるaviファイルに変換できます。フリーソフトを使いこなすには、使えないからと諦めずに、いろいろ実験してみることに限ります。中には、導入して2年も経った頃、ガチャガチャいじっていて、ふと使い方が理解できたものもありました。今後マスターしたいフリーソフトは、ホームページ上の動画をキャプチャ保存するソフト(カハマルカの瞳)や、移調譜も作れる楽譜作成ソフト(Finale NotePad 2007J)などあります。
YouTubeでは、特にクラシックの演奏の動画を楽しんでいます。有名指揮者の聴き比べ、有名ピアニストの聞き比べ等、CDも買えない貧乏なしろねこにとって夢のようなことではあります。その他、歌謡曲やロックの動画はもちろん、F1の伝説の名ドライバーのレースシーンとか、お笑いの芋洗坂係長とかの動画も楽しんでいます。
さて、人間関係とは難しいものです。一本の電話により、一日がメチャメチャに乱れてしまうということが、何日か続いて疲れてしまいました。その結果、グリーやミクシィでのコメントへのお返事を書くのがおっくうになっています。
ある人は、インターネットができないゆえ、しろねこに頼むと欲しいものが購入できるという心にシナリオを描いたようです。ところが、しろねこは、朝から晩までスケジュールが入っていて、対応できず断るしかありませんでした。そのことで、その人は、自分の心のシナリオが崩れ、激しく落ち込んでしまったのでした。しろねこには、その人への悪意なんて微塵もありません。不本意にも相手を傷つけてしまったことで、暗い気持ちになってしまいました。実は、過密スケジュールに関しても、断れない人の良さが招いたもので、何の生活の足しにならないものなのです。ストレスだけがたまっていきます。
人は、頭に描くイメージ(シナリオ)に導かれて未来が築かれていきます。しかし、もしそれが、相手があってこそのもので、しかも自己中心的に描かれたものなら、自分も相手も傷つけることになるのだと思います。
アファメーション(ポジティブな言葉を繰り返し唱えて潜在意識をクリーニングすること)する際に、大切なことは、「共に」というキーワードです。
ということで、しろねこは、他人の言葉に振り回されたり、一喜一憂をせず、凛と立っていられる心の方向性を身に付けたいと考えています。でないと身が持たないからです。
YouTubeは、誰にも迷惑を掛けずに一人で楽しむことができます。YouTubeの動画コレクション集めは楽しいものです。
上記で紹介したソフトが使えないと助けを求めてくる人があるかもしれません。お断りしておきますが、そういったサポートは一切いたしません。執念でネットで調べるなら、詳しい使い方を公開しているサイトを見つけられる筈ですので、どうか自己責任でやってください m(__)m
現在、しろねこは、目の前にあるハードルを越えるとかなり楽になってくるように感じています。苦しいですが、もう少し、頑張ってみようと思います。
2008年04月22日
今年の花見
昨日は、自宅から車を40分ほど飛ばして、盛岡近郊の桜の名所、紫波城山公園に、妻と二人でお花見に行きました。
着いたのが18時頃だったので、空は暗くなりかけていました。
桜の花は満開で、ちょっぴり散りかけていました。
月曜日ということもあったのでしょう、シートを広げてお花見をやっている人は誰もなく、花を見て歩いている人も少なかったので、静かにお花見を楽しむことができました。
出店では、お好み焼きと、たぐり飴、今川焼きを買って食べました。どれも美味しかったのですが、1本100円のたぐり飴は、ふと子供の頃を思い出す、懐かしい味でした。来年も、たぐり飴は外せないかも…
帰りには、岩山の展望台近くの駐車場から盛岡の美しい夜景を眺めながら、自販機のお茶を飲みながら、いろいろ話をすることができました。それまで、お互いにすれ違っていた心を解消できる良い機会となりました。
昨年は、父母も連れてのお花見でしたが、今回は夫婦二人だけで良かったと思いました。
2008年04月21日
今の自分、見つめていますか
自分のことを意外と自分が知っていないように思います。
では、自分を知るにはどうしたら良いのでしょう。
自分の心のレンズとは写りの異なる、「他人」の心のレンズで映し出された自分を理解していく方法があると思います。ただ、それぞれのレンズが異なるので、出来るだけ多くの人と付き合わないと正しい判断ができないのかもしれません。
できることなら、明るい未来へと繋がる、明るいレンズで見た自分の情報を大切にしたいものです。
もし、その方法で自分を知ることができなくても何もがっかりすることはありません。
どんなに希望を描けないような現実を生きていても。全ての命が尊いと私は考えています。
人は、心に描く未来への「行き先」に無意識で向かっています。
もし、「行き先」が絶望であるのなら、希望のある行き先へ変更してみましょう。
めちゃめちゃ努力した10年後の自分でないと到達しないような「行き先」ではなく、今の自分ではじめられる無理のない「行き先」からで良いと思うのです。
命に与えられている不思議な力を信じていきましょう。私たちが復讐しなくても、一切手を汚さなくても、私たちがやるより上手に、もっと厳しく復讐してくれるものです。同様に、私たちが、あくせく考えなくても、私たちがやるより上手に、もっと素晴らしい方法で人生を導いてくれるものです。
だから、今のあなたのままでだいじょうぶ。今の自分のままでだいじょうぶなのです。
ところが、自分の中にある頑固さが、そういった「不思議な力と導き」を無視してしまい、そのことにより自己嫌悪に陥ってしまうのです。
人に認められることなんて考えないようにしましょう。それって、かなり小さい考え方です。
優越者の言葉なんて、むしろ愚かな人の言葉と、さらりと聞き流してしまいましょう。
本来、人に、いや全ての生命に、優劣など存在しなかったのです。
この地球は、いつかは終わりが来るわけですし、宇宙でさえも終わりがくるのです。
私たちを導いている、その不思議な力と繋がってさえいれば、何も恐れることはありません。
そのことを感じながら生きてさえいれば、それで十分素晴らしいとさえ思います。
でも、現実を生きていくためには、どうしても競争しなくてはならないこともあることでしょう。厳しさが必要となってくることでしょう。
苦しくて、自分を見失いそうになった時、私は、「不思議な力と導き」について考えるようにしています。そして、自分は、尊い命を生きているのだと再確認するのです。
いつかは消えて過ぎ行く、空しい価値観に心を奪われないようにしましょう。
小さなことに幸せを感じられるセンスを身に付けて、共に生きる人たちと幸せを分かち合いながら、楽しく生きようではありませんか。
命の尊さを見つめてみよう。
そして、
今の自分からはじめよう。
参考文献:『自分を好きになる本』 木裕樹著(PHP)
では、自分を知るにはどうしたら良いのでしょう。
自分の心のレンズとは写りの異なる、「他人」の心のレンズで映し出された自分を理解していく方法があると思います。ただ、それぞれのレンズが異なるので、出来るだけ多くの人と付き合わないと正しい判断ができないのかもしれません。
できることなら、明るい未来へと繋がる、明るいレンズで見た自分の情報を大切にしたいものです。
もし、その方法で自分を知ることができなくても何もがっかりすることはありません。
どんなに希望を描けないような現実を生きていても。全ての命が尊いと私は考えています。
人は、心に描く未来への「行き先」に無意識で向かっています。
もし、「行き先」が絶望であるのなら、希望のある行き先へ変更してみましょう。
めちゃめちゃ努力した10年後の自分でないと到達しないような「行き先」ではなく、今の自分ではじめられる無理のない「行き先」からで良いと思うのです。
命に与えられている不思議な力を信じていきましょう。私たちが復讐しなくても、一切手を汚さなくても、私たちがやるより上手に、もっと厳しく復讐してくれるものです。同様に、私たちが、あくせく考えなくても、私たちがやるより上手に、もっと素晴らしい方法で人生を導いてくれるものです。
だから、今のあなたのままでだいじょうぶ。今の自分のままでだいじょうぶなのです。
ところが、自分の中にある頑固さが、そういった「不思議な力と導き」を無視してしまい、そのことにより自己嫌悪に陥ってしまうのです。
人に認められることなんて考えないようにしましょう。それって、かなり小さい考え方です。
優越者の言葉なんて、むしろ愚かな人の言葉と、さらりと聞き流してしまいましょう。
本来、人に、いや全ての生命に、優劣など存在しなかったのです。
この地球は、いつかは終わりが来るわけですし、宇宙でさえも終わりがくるのです。
私たちを導いている、その不思議な力と繋がってさえいれば、何も恐れることはありません。
そのことを感じながら生きてさえいれば、それで十分素晴らしいとさえ思います。
でも、現実を生きていくためには、どうしても競争しなくてはならないこともあることでしょう。厳しさが必要となってくることでしょう。
苦しくて、自分を見失いそうになった時、私は、「不思議な力と導き」について考えるようにしています。そして、自分は、尊い命を生きているのだと再確認するのです。
いつかは消えて過ぎ行く、空しい価値観に心を奪われないようにしましょう。
小さなことに幸せを感じられるセンスを身に付けて、共に生きる人たちと幸せを分かち合いながら、楽しく生きようではありませんか。
命の尊さを見つめてみよう。
そして、
今の自分からはじめよう。
参考文献:『自分を好きになる本』 木裕樹著(PHP)

