2008年03月30日

上原由記音先生 ピアノ公開レッスン

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今日は、私の人生にとって大きな節目になりそうな日になったように思います。

高杉ピアノ教室主催の公開レッスンでしたが、高杉さんご夫婦とは知り合いゆえ、お誘いを受けて聴講することができました。実は、上原先生は、東京での学生時代の私のピアノの師匠でもあり、約20年ぶりの再会でもありました。

先生は、稀に見る美しい容姿の方なのですが、20年経っても美しさは変わりありませんでした。先生は、私に会うなり「ぜんぜん変わってないわね」とすぐに溶け込んだ話ができました。

20年前は、ピアノの公開レッスンを聴講したことはありましたが、イタリアのサンタ・チェチリア音楽院の学長や教授のレッスンだったので、受講者は先生方という高度なレッスンゆえ、ほとんど学び取ることができませんでした。今日の公開レッスンは、自分にとても近い生徒さんゆえに、手に取るほど学び取ることができました。上原先生のレッスンのユニークな練習法についても、今日気づいたことも少なくありませんでした。20年前に戻りたいような心境になりました。こういった形の公開レッスンの方が学生にとっては有益になるように思えてなりません。


次に、公開レッスンでメモしたことを記しておきます。

小学5年生の女子児童のショパンの演奏(「子犬のワルツ」 OP64.No1)では、楽譜的に左手が右手に音量的に勝ってしまうので、右手がしっかり響く音を出さなくてはいけない。響くピアノタッチについての指導をされました。ワルツなので、3泊めのペダルを取ることで響きをクリアにする。左手はバスケットボールでドリブルする感覚で左手を放る感じで鍵盤を打つ。片手練習の重要性。左手でも楽しく弾けるような練習をする。手が前後に動く動作は禁止。指のこぶをつぶさないように、手のバネを利用して弾く(これは、私も随分やらされた練習法でした)。続いてバッハの演奏(「プレリュード」 BWV933-938 No1)では、左手のくいつきを良くすることで、早いテンポで弾く練習。左手の手首を固定し丸太んぼになったようにして、フルートではなくファゴットのようなニュアンスで弾くこと。右手は流れるように美しく。

中学2年生の女子生徒のハイドンの演奏(アレグロ コン ブリオ」HO6XY35)では、テンポを速くする練習法。リズムパターンを変えての練習法(私も随分やらされたことを思い出されました)。同型反復は表現次第では腕の見せ所。クラシックは再現芸術ゆえに、その当時のスタイルを大切にすること。古典派の音楽は、感情表現よりも形式美(ソナタ形式/ABA)を大切に。第一テーマと第二テーマは、片方が男性的で片方が女性的に違いを持たせる。音を切るのもリズムの一つ。左手の外側に重心を置く。

中学2年生の女子生徒のブルグミュラーの演奏(「森での目覚め」OP109)では、この曲の時代背景は、ショパンより前のロマン派ゆえ、感情表現を大切にする。テンポも速くなったり遅くなったりしても良い。フレーズを感じ取る(「不安」とか「さわやか」とか)。手のバネを利用して豊かな音を出す。手だけだとグランドピアノの弦を鳴らし切れない。背中から体重を乗せて弾くこと。お腹の腹筋も利用する。左手は、アーチを保ちながら時計の針回りに手のこぶを移動させる。

小学校2年生の女子児童のツェルニーの演奏(「チクタク 時計」では、楽譜から、「同じところ探し」をする。「質問」と「答え」のようなフレーズの演奏法。秒針の音は正確に、ボーンという時報の音はしっかり鳴らす。「違うところ探し」をする。その違いで、クレシェンドやデクレシェンドの度合いが決まる。いつもの練習曲の他に、簡単な曲で初見の練習をすること。そのことで、指が何度離れているかといった感覚を養うことができる。

小学5年生の女子児童のクーラウの演奏(「アレグロ」 OP55-1 第一楽章)では、ソナチネ(小さなソナタ)の形式美について。リズムを崩さずに、決まりごとの中で性格の違いを表現していく。アップライトピアノの練習であっても、グランドピアノをイメージした練習をする。続いてバッハの演奏(「ガボット」BWV816)では、バッハの楽譜に本来スラーはない。原典版の楽譜の方が望ましい。バッハの時代には、クレシェンドやディミヌエンドを使える楽器は存在しなかった。アーフタクトの弾き方。「同じところ探し」。左腕は丸太んぼのように、押さえるように弾く。ポリフォニーの音楽について。

最後に先生の演奏(アルベニス「セビリャ」)では、男の人と女の人が楽しく踊っている様子を表現しているので楽しく弾くこと。ペダルを最小限にすること。これはプロのひとだけの技法だけど、フィニッシュの決め方(パフォーマンス)。背中から、お尻を上げるようにして音を出す。続いての演奏(バッハ「プレリュード」 BWV855平均率ピアノ曲集より e moll)では、フレーズがぶつぶつ切らずに長く唄う方法。もっと内面的に表現するためにテンポを気持ち速くする。

聴く側のお客様は、総合的に捉えるので、小さなミスにとらわれて緊張した演奏になるよりも、パフォーマンスも含めて、心を表現して弾くこと。そのことにより、聴く者の悩みをもぶっ飛ばす効果だってあるのだから。


さて、中休みで、先生から「あなたのブログを読んでますよ。まるで教祖様にでもなったようね。ちゃんと先生について学んでいますか。」と切り出されました。

そのときは、キツイこと言われたと思ったのですが、先生の公開レッスンを通して、意味を理解することができました。

例えば、バッハを弾く場合、現在の思考回路で弾いてはバッハの音楽の良さを引き出すことができません。バッハの時代を研究し、バッハの時代の思考回路で弾いてこそ、音楽は輝き出すのです。

同じように、例えば、古典的ともいえる心理学者のフロイトの著作を読む場合、フロイトの時代背景について研究せずに、現在の思考回路で読んだとしても、フロイトの学説の良さを学ぶことはできません。同じように聖書を読むにしても、現在の思考回路で読んでは、大きな誤解をしてしまう可能性があるのです。約2000年前の時代背景をしっかり研究した上で読んでこそ、より生きた学びができるわけです。

先生は、自己流や我流を好まれない方でした。徹底的に楽譜を分析し、時代背景についても調べることを怠りません。先生は、あらゆるジャンルの音楽を表現できる方ですが、それは、それぞれの音楽の良さを引き出すためのコツを知っているからなんです。そのコツとは、作品の時代背景や当時の流行について詳しく調べ、かつ楽譜をを徹底的に分析をすることです。

先生は、何度かお手本の演奏を弾かれましたが、鳥肌が立つほどに全身の細胞が喜ぶ感じが分かりました。生徒さんの演奏も、先生の指導により、見違えるように命が吹き込まれていきました。

作品に命を吹き込む。それは、自己流や我流では上手くいきません。個性はもちろん大切ですが、聴き手に感動を与えるものでなくては意味がありません。

私は、今日の先生の公開レッスンを聴講することで、全てのことに通じる基本を学ぶことができました。

これからは、自己流や我流に走らずに、良い師について学ぶことを大切にしよう。

これからは、書物を読む場合は、作者の育った背景についても詳しく調べることを大切にしよう。


20年前、先生は自分よりも遥かかなたを歩いている方と感じておりましたが、今日お会いして、残念ながら、その距離がさらに開いていると感じられました。先生の人間としての大きさに、感動とともに憧れの気持ちを強く持ちました。

せっかく先生の生きる姿勢に触れたのだから、そしてそのコツについて詳しく学ぶことができたのだから、今日からは、先生に近づいていく歩みをしようと決意しました。

自己流・我流とは、今日で別れを告げ、本格的な学びをしていきたいと思います。



先生は、特にスペイン音楽に造詣が深い方なのですが、モンポウ作曲「夢のたたかい」という曲を紹介していただきました。モンポウの音楽は倍音効果がある癒しの曲とのことです。早速、ネットで調べCDを注文しました。また、三大テノールの一人のホセ・カレーラスがモンポウ作曲「きみは花のもとに」を歌っているCDも見つけたのでそのCDも注文しました。できるかどうかはわかりませんが、これをきっかけにスペイン歌曲にチャレンジしてみようかと考えています。東京の輸入楽譜のお店に問い合わせて楽譜も入手しなくては…


posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

21.心の持ち方をポジティブにする

だからといって、無理してポジティブになろうとする必要はないのだと思います。

無理しちゃうと、返って自己嫌悪が高まり、できない自分を責める方向性を持ってしまうからです。

まず、日常の当たり前の生活の中に幸せを感じる練習を「積極的」に取り組んでみましょう。

美味しいものを食べたなら、「幸せ」とつぶやいてみる。

風景に美しさを感じられたなら、「幸せ」とつぶやいてみる。

良い音楽を聴いたなら、「幸せ」とつぶやいてみる。

そのようなことから、ポジティブなセンスを磨いていくのです。

そのことが習慣化できていったなら、次には、ちょっぴり早起きをして、今日一日の生活をシュミレーションしてみます。メモ帳に「一日の段取り」を書きながら、上手くいっている自分をイメージしてみましょう。

だからといって、イメージどおりに事が運ぶとは限りません。しかし、イメージしないよりは、上手くいく確立は高まっていることでしょう。

上手くいったと感じたなら、感じた度に、「よくやった」「できるじゃないか」と、自分への誉め言葉をつぶやいてみるのです。

上手くいかなくても、「立ち止まらない限りにおいて、失敗と考える必要はない。これは進化の過程なのだ。」とつぶやきます。

そうすることにより、楽天的に考えるセンスを身に付けていくのです。それが習慣化していくのならば、心の持ち方がどんどんポジティブになっていき、明るく楽しい人生へと繋がっていくと思うのです。


まずは当たり前の日常の中に幸せを感じる練習をしよう。それに加えて、毎朝、上手くいっている自分をイメージしてみよう。
良いつぶやきが増えていことで、心の持ち方がどんどんポジティブになっていくのです。
そして、明るく楽しい人生へと繋がっていくのです。


※このフレーズを10回声に出して唱えると、アファメーション(ポジティブな言葉を繰り返し唱えて潜在意識をクリーニングすること)の効果がありますよ。

参考文献:『自信の法則』 ジェリー・ミンチントン=著 弓場 隆=訳 (ディスカバー)
posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 06:34| Comment(0) | TrackBack(0) | アファメーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月27日

甲子園のお土産

今日のお昼過ぎ、25日の選抜高校野球で東洋大姫路(兵庫)との試合で惜敗した、一関学院高校の阿部航(わたる)投手(2年)が、お母さんと共に甲子園のお土産(蔦せんべい)を持って報告にやってきました。航君は、母のお習字のお弟子さんでもあります。

彼は2番手のピッチャーとしてマウンドに上がり、3回途中からラストまで3安打4奪三振という、実に見事なピッチングでした。先発投手が不調だったので、残念ながら、そこで取られた点数で負けてしまったのだけど、阿部君が先発していたら勝負はどうなっていたかわからなかったと思いました。勝敗に関係なく、感動のある試合内容だったと思います。

24年前の選抜高校野球で、甲子園で準決勝までコマを進め優勝した岩倉高校(東京)に無念のサヨナラホームランで惜敗した、大船渡高校の金野投手とタイプが似ていると感じられました。あの時は、強豪校を次々と倒し、岩手代表とは思えないような快進撃でした。彼も剛速球ではないのだけど、コーナーワークを上手くついた絶妙のコントロールで三振を取れる完投型タイプ。何と言っても高校生とは思えないほど落ち着いた態度には、ハンカチ王子こと早稲田大学の斎藤佑樹投手とキャラがかぶります。

相手は近畿大会の覇者ゆえ、その打線を見事に封じた彼の実力は本物だったと思います。夏の大会では、今回先発したピッチャーと力を合わせて勝ち抜いて岩手県代表となって欲しいけど、甲子園に出場したなら、ぜひ阿部君にマウンドを託して欲しいと思いました。甲子園では、1勝とはいわず、優勝して欲しいです。今年の一関学院は、それまでの岩手っ子らしからぬ、そういった潜在能力のあるチームに仕上がっているように思います。盛岡商業サッカー部同様に、奇跡の全国制覇をして欲しいです。

「今の実力で十分通用することが分かったのだから、怪我をしないように体をいたわって練習に励んで欲しい」とエールを送りました。

夏には、予選から家族で応援に行こうと思います。今年の夏は感動の夏になりそうです。

感動と期待との交差する、美味しいお土産でした。
posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 20:18| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

20.好きな職業を選ぶ

職業の選択を急いではいけない。職業を決めるとき、それはあなたにとって好きなものでなければならない。そういう仕事を選んだなら、あなたはたいへんいい仕事をし、この上なく仕幸せを感じることができる。
自分の仕事が嫌いな人は、不平不満の人生を送りやすい…

確かにその通りだと思うのですが、職業難の時代において、自分の好きな職業を選ぶというのは、いささか贅沢な考え方にも思えてなりません。1年以上も求職活動をしても、仕事の決まらないというケースも少なくないのが現実なのですから。

そうなると、生きていくために不本意な仕事に就くこともあって当然でしょう。だとしても、そこで誠実に仕事をこなしながら職業人としてのスキルを得ていくのなら、私の経験上、より高いステージで活躍できるように進化していくのだと思うのです。

与えられた仕事を軽蔑し、手を抜くようなことがあってはいけません。そういうことをやっていては、あなたの心は輝きを失い、幸せは遠のいていくことでしょう。

いかなる仕事であっても、誠実に取り組むことが大切だと思うのです。

私は、職業がどうのこうのということより、「生きる」ということを神聖な行為として重視したいと思います。

中には職業で人を差別する人もいます。年収で人間の価値を見ようとする人もいます。私は、そういった考え方が最も卑しい考え方だと思うのです。

それは、全ての命が尊いものであること。与えられた人生を生き抜くことが最も尊い使命であるということ。そこを見失ってはいけないと思うからです。

上司が部下を見下げたり、やる気を失わせるような言葉を浴びせる職場もあることでしょう。

それでも、与えられた仕事にプライドを持って誠実に打ち込むことは、忍耐が必要になってきます。少々辛いですが、周囲の雑音に一喜一憂せずに、黙々と自分を進化させていことを続けていくのです。

だからこそ、当たり前の生活の中に幸せを感じられるセンスを築いていく必要があるのです。

不思議なもので、誠実に打ち込んでいると、良い仕事に就くチャンスがやってきたりするものです。理不尽な会社に一生縛られるようなことは決してないのです。

でも、人間ですから、挫けることだってあります。もし、そうなっても自分を責めないでください。

本当に、あなただけが悪いのでしょうか?

むしろ、あなたは良くやったのではないでしょうか?

厳しい条件の中で、もがき苦しんだ自分をむしろ褒めてあげましょう。

もっともっと、自分に励ましの言葉を呼びかけてみるのです。もっともっと、明るい未来に繋がるイメージを描いてみるのです。

何度も何度も挫けても、そのつど立ち上がるあなたは、倒れずに歩んでいる人より光り輝いているのです。その神聖な歩みをしているあなたに幸運がやって来ないわけがないのです。

幸運を得る者としてふさわしい人間でありましょう。幸運を得られない人のような態度をしていては、とても損なことだと思うのです。


いかなる職業に就こうとも、「生きる」という行為を神聖なものととらえて誠実に生きていこう。
与えられた仕事に感謝の気持ちを持ち、不平不満や妬みひがみの心を持たない人生を目指していこう。
そうして、あなたの心が輝くのなら、その徳によって幸せの多い人生へと進化していくと信じよう。


※このフレーズを10回声に出して唱えると、アファメーション(ポジティブな言葉を繰り返し唱えて潜在意識をクリーニングすること)の効果がありますよ。
氷山の水に沈んでいる部分のように、意識より無意識(潜在意識)の方が、10倍も大きいのです。
意識を良いものに変えようと努力しても勝ち目がありません。
黒いコーヒーの入ったカップに水道の水を注いでいくと、やがて透明になっていくように、アファメーションによって潜在意識をクリーニングしていきましょう。

※努力しなくては得られないような幸福ばかり追い求めていては、やがて疲れ果ててしまいます。
四季の美しさを味わうことでも、100円ショップで売っている霧吹きボトルに水を入れ、同じく100円ショップで手に入る好みのアロマオイルを数滴たらしてアロマミストを浴びるようなことでもいいのです。日常の中で見つけられる、簡単に手に入る、「小さな幸せ」を毎日感じる練習をしていきましょう。
そうすると、好不調の波が、激しく大きな波から小さな波となっていき、やがて穏やかな波へとなっていくことでしょう。幸福体質を築いていきましょうね。

※薬は、脳内の伝達物質等のバランスを改善できる効果があるのだと思います。そういう意味で重要なのだと考えています。しかし、薬を飲んだからといって、生活習慣までは改善してはくれません。
 生活習慣を改善する部分においては、本人の自覚と努力が必要になってくるのだと思います。アファメーションとは、頑張る方法ではなく、無理せずに、自然に心の持ち方を改善していく心のエクササイズなのです。

※アファメーションは、ダイエットに似ています。月に1回だけやったからといって痩せることがないように、毎日取り組まなくては効果が出ません。毎日、取り組まれることをお勧めします。

参考文献:『自信の法則』 ジェリー・ミンチントン=著 弓場 隆=訳 (ディスカバー)
posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 07:50| Comment(0) | TrackBack(0) | アファメーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月26日

変わる必要の無いこと

私は、左腕に障害があります。克服をしてきたとはいえ、左腕の障害が完全に良くなったわけではありません。

逆に、左腕に障害があるという現実を直視し、その現実のままでもいかに良くあろうかと考えることで克服してきたように思います。

私は、多分、先祖から受け継いできた遺伝子が負けず嫌いの強いものだったので、これまでの人生において、無意識で努力してこれたのだと思います。

たまたま、遺伝子に恵まれていただけです。

いや、短気な性格などは、恵まれているとは言い切れないかもしれません。負けず嫌いでやってきた証はあっても、逆に、短気な性格ゆえに失ったことも多かったように思えるからです。

もし、やる気の出ない遺伝子が強かったなら、自分は何をやっても才能が無いと思い込む歴史を築いてきたことでしょう(そうであっても、本当は大丈夫なのです)。

そのように、やる気という面では、運に恵まれていた私にも大きな試練がありました。

それは、うつ病になったことです。

生まれて初めて、努力したくてもできない現実に苦しみました。

何度も、自殺の衝動に駆られました。

それまで、生まれっ放しでもうまくいっていたことが、それでは通用しない事態となりました。

うつ病は、風邪が治るように、簡単に治る病気ではないようです。インターネットの友人に、電気けいれん療法で完治したという素晴らしい証はあるのですが、しろねこの住んでいる病院環境の中では、残念ながらそういった治療は望めないようです。

なら、うつ病から逃げないで、うつ病ととことん付き合ってみようと考えました。半年以上、仕事が全くできない状態が続きました。うつ病についての本も随分読みました。

うつ病だから、何もかもできなくなるというわけではない筈。何ができなくて、何ができるか。冷静に考えてみよう。また、どんな時にできなくなり、そういったとき、どう対処していったらよいのだろうか…

私は、うつ病になることで、幸福に対する価値観を見直すことができました。それまで、努力して掴もうと考えていたのが、当たり前の生活の中に幸福を感じるセンスと持とうと考えるようになりました。頑張りたくても頑張れない状態だからです。

でも、そう考えたなら、以前より幸せを味わえる感覚が掴めるようになっていきました。

また、失敗しないようにと、気を張ってやってきたことが、失敗という概念自体を封印してしまい、立ち止まらない限り失敗は存在しない。すべては進化の過程と考えるようにしたのも、うつ病になったゆえ思いついた発想です。

会社勤めでは、なかなかそうはいかないと思うのですが、私の場合は、会社を立ち上げた者ゆえ、より人間的な価値観でビジネスを進めることができると考えています。良い証を立てて、皆さを元気にするために役立ちたいと考えるようになりました。

つまり、うつ病になってしまうと、よほど大らかに考えないと、もの凄く沈んでしまいやすいんです。

無理して、生まれ持った性格を変えようとしないこと。

そのままのあなたで、本当は素晴らしいのです。

現実を直視し、「今の自分のままで」ポテンシャルを引出せることを考えていこう。

そして、うつ病になったということは、「生まれっ放しの人生」から、「魂の自立」へと進化する素晴らしいチャンスを得ていると考えよう。

変わることではなくて、新しい視点を築いていくことが大切なんです。「ありのままの自分」に根ざした、新しい視点です。

ですから、障害を不幸なこととは考えずに、むしろ「障害を持っているゆえに楽しめる人生」があると信じて、障害と上手く付き合っていきましょう。
posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 12:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 心と体 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月25日

19.失敗を生かす

声楽をやっていて思うのですが、リスクの伴う高音を歌う際に最も重要なことは、成功をイメージすること。もしくは、何も考えずに練習どおりに精一杯歌うことなのだと思います。本番は、練習では得られない集中力が加わってくるので、自分が思った以上の演奏ができたりします。

また、「こうでなくてはならない」という思い込みが失敗という概念を生むのであって、失敗と思っていた演奏が大成功であったということも決して少なくありません。

失敗する時は、失敗のイメージが頭に浮かんでしまった時が多かったように思います。

そして、「こうでなくてはならない」という思い込みとコンディションが違っていた場合、急に不安になってしまい自分を見失ってしまうのです。

そうではなくて、その時のコンディションに合わせてやるのなら、何の問題も無いことなのです。頭の切り替えが重要なのだと思います。

「ダメだし」といって、稽古の最終段階で、まずいところや欠点等を洗い出し、部分練習することで完成度を高めることは重要なことですが、本番に関しては何も考えない、もしくは成功のイメージだけを頭に描く集中力が必要なのだと思います。とにかく本番は雑念の無い分、集中力が高まりとても理想的な状態になる筈なのです。

私は、母が異常なほどに心配性で、いつも失敗した時のことを考えるように植え付けられてきたように思います。母は、失敗を恐れるあまり、確実なことにしかチャレンジしようとしない人生でした。書道において非凡な才能があったのですが、自分を売り込むこともしないで、子供たちにお習字を教えられればそれでいいと考えていたようです。父母共に公務員だったので、事なかれ主義というか、目立たぬように生きることを美学にしているようにも感じられました。

私は、そういった公務員的な考え方が嫌いで、道なき道を歩んできました。ですから、失敗の多い人生ではありますが失敗するたび進化してきたように思います。その点で、母と生きる姿勢が大きく異なっています。ところが、時々、母の考え方が頭をよぎり、たじろいでしまうことがあります。

失敗したらどうしよう…

本当に失敗と言うことはあるのだろうか。本当は、失敗と概念を持つ必要がないと考えた方が、うまくいくのではないかと思うのです。

失敗とは、歩みを止めた人が考える価値観なのだ。

失敗と考えると、どんどん落ち込んでしまい、歩みが止まってしまいます。そればかりか、前に進む勇気を失い自尊心(セルフイメージ)までも小さくなってしまいます。

歩みを止めない限り、進化があるのみ。失敗と思えるようなことがあったとしても、失敗とは考えない。「進化の過程」なのだと考えたいと思います。

ですから、私は失敗という言葉をできるだけ口にしないようにしたいと思います。


失敗という概念や、「こうでなくてはならないという」思い込みを持たない努力をしよう。
失敗と思えるようなことがあったとしても、失敗とは考えずに「進化の過程」と受け止めよう。
歩みを止めない限り、失敗など存在しないのだと考えよう。


※このフレーズを10回声に出して唱えると、アファメーション(ポジティブな言葉を繰り返し唱えて潜在意識をクリーニングすること)の効果がありますよ。
氷山の水に沈んでいる部分のように、意識より無意識(潜在意識)の方が、10倍も大きいのです。
意識を良いものに変えようと努力しても勝ち目がありません。
黒いコーヒーの入ったカップに水道の水を注いでいくと、やがて透明になっていくように、アファメーションによって潜在意識をクリーニングしていきましょう。

※努力しなくては得られないような幸福ばかり追い求めていては、やがて疲れ果ててしまいます。
四季の美しさを味わうことでも、100円ショップで売っている霧吹きボトルに水を入れ、同じく100円ショップで手に入る好みのアロマオイルを数滴たらしてアロマミストを浴びるようなことでもいいのです。日常の中で見つけられる、簡単に手に入る、「小さな幸せ」を毎日感じる練習をしていきましょう。
そうすると、好不調の波が、激しく大きな波から小さな波となっていき、やがて穏やかな波へとなっていくことでしょう。幸福体質を築いていきましょうね。

※薬は、脳内の伝達物質等のバランスを改善できる効果があるのだと思います。そういう意味で重要なのだと考えています。しかし、薬を飲んだからといって、生活習慣までは改善してはくれません。
 生活習慣を改善する部分においては、本人の自覚と努力が必要になってくるのだと思います。アファメーションとは、頑張る方法ではなく、無理せずに、自然に心の持ち方を改善していく心のエクササイズなのです。

※アファメーションは、ダイエットに似ています。月に1回だけやったからといって痩せることがないように、毎日取り組まなくては効果が出ません。毎日、取り組まれることをお勧めします。

参考文献:『自信の法則』 ジェリー・ミンチントン=著 弓場 隆=訳 (ディスカバー)
posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 18:52| Comment(0) | TrackBack(0) | アファメーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月24日

小さな一人一人

今日は、喫茶店でとある宗教にのめり込んでいる人と語り合いました。

その人が、「あなたの人生の目的とは何ですか」と問われて、

私は答えることができませんでした。

今日は、ホテルに営業に行ったのですが、現場に行くまで、どんな人と語り合うか予見することなどできませんでした。それゆえ、上がってしまって、上手く言葉が出てきませんでした。とてもよい人に当たったので、相手の方に引き出されるがままに話をすることができました。

そんな私です。しかも、ときに予測が大きく外れて失敗することだって少なくありません。自分の人生の目的について確信を持って答えることは、残念ながらできませんでした。

彼の話だと、彼の先生(教祖)は人々の三世(前世・現世・来世)を見ることができて、その人の人生の目的を示してくださるというのでした。

私は、以前は霊感が強かったので、スピリチュアルカウンセラーの江原啓之さんほどではなくても、人の人生を手に取るように垣間見て、人を驚かした体験はあります。それでも未来までは見ることはできませんでした。江原さんも、その著書の中で、「運命は変えることができる。でも、宿命は変える事ができません」と書いてありました。

遺伝子的に受け継いだ性質や、これまで生きてきた人生を素材に例えると、その素材(宿命)をいかに料理するかが大切なのです。ジャガイモの人は、ジャガイモ料理を作るなら優れた料理になるのだけど、ジャガイモの人がカボチャ料理を作ろうとしても、素材が違うので優れた料理にはなりません。

ですから、運命がすでに決まっていると考えることについて、受け入れることができませんでした。

家への帰り道、車を運転していて、凄い啓示が頭の中に浮かんできたので、私は車を止めて、頭の中に描かれている世界を見つめることをしました。

それは、神がご覧になっている絵の啓示でした。

まるでジグソーパズルのように、小さな部品から成り立っていました。

今まで見たことの無い美しい絵でした。

一つ一つのパーツは、「誠実な花屋さんの人生」「誠実な農夫の人生」といった感じで、どこにもあるような微笑ましい人生のようでした。どうやら、誠実に生きた人の人生が集まったもののようでした。特に、脳に障害を持って罪を犯すことなく生きた人の人生は、ひときわ美しい輝きを持っていました。

その絵は、完成間近のようで、美しい色が求められているようにも感じられました。

もし、この絵になることが人生の目的なら、もちろん私一人の人生だけでできるようなものではない。多くの人の人生が必要なのだと思いました。

人間は、ヒーローを求めています。もちろん、人が人を励ますという形で、スポーツや音楽におけるヒーローやヒロインは私も大切にしています。誰かを励ますということは、自分の潜在意識の中に励ましの言葉を注いでいるような行為なので、素晴らしいことだからです。

ここでいうヒーローとは、そういうものではなくて、世界を救うヒーローといったカリスマ的存在の人間のことを指します。そういうヒーローが本当に必要なのかと言うと、私はそうは思いません。政治家は、「誠実な政治家の人生」で良いのではないかと思うのです。もし、力のあるカリスマ的なヒーローが現れたとするなら、それは不幸な歴史の始まりになるように思えてなりません。

歴史を振り返ってみて、そこに記されているのは時の権力者たちの変遷です。神様がいつもご覧になっているのは、そういったものではなく、むしろ小さき人々の人生なのではないかと感じられました。

私たち一人一人は小さな一人一人かもしれません。しかし、自由意志を使って、神の絵の部品になろうとするのなら、だれもがなることができるのだと思います。

例え、人をあやめた人であっても、悔い改めて誠実に生きようとするのなら、その絵に必要な色として用いられることでしょう。もちろん、犠牲者となった人も、許すことで絵の一部となっていくことでしょう。愛のある人たちが、そこでは求められているのです。

まるで絵のように見えるというのであって、絵というわけではありません。実に不思議な世界を垣間見ることができました。

出会う人をもっと大切にしたいと心から思う気持ちになりました。



誰一人同じ色のピースを持っていないのです。
人生の目的とは、「共に作り出すもの」… だから、答えにくかったのかもしれません。
お互い、自分の色を輝かせていきましょう (=^・^=)ノ



アファメーションの下地になることは「許し」だと考えています。そこが欠けていると、アファメーションはプラスに働いていかないと思うのです。
posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 15:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月23日

グノーのアヴェ・マリア

今日は、イースターミサに出席しました。

ミサ後の祝賀会で、グノーのアヴェ・マリアを独唱しました。

依頼を受けて歌ったつもりが、何かの手違いで飛び入り扱いとなりましたが、大成功ではありました。




私は、人の心に垣根を作るという意味では宗教は好きではありません。

ですから、我が家の宗教である仏教を大切にしていますし、日本人の心としての神道も大切にしています。宗教だけに限定せず、心についてのあらゆる書物に学ぼうとしています。

とはいえ、苦しい現実を生き抜いていくためには、やはり宗教は大きな力になると感じております。

幅広く宗教を学んでいても、復活祭(イースター)には特別な思いがあります。

イエス・キリストは、「罪人」である私たちを救われるために十字架に付けられて、私たちの罪の身代わり(購い)という形で亡くなられた。

さらに、3日目に「復活」され、人々の前に現れて、命が永遠であることを自ら証されたのでした。

私は、最近、天文学に関するテレビ番組をいくつか見る機会がありました。宇宙は、膨張しているだそうですが、時間を逆回しして考えると、137億年前に宇宙が誕生したことになるのだそうです。しかも、小さな小さな原子から始まったのだとか。

宇宙は、風船のように膨張していつかはパンクするように滅びてしまうのだそうです。宇宙というと永遠の存在かと思っていたのですが、あくまで3次元の世界であり、始めがあり終わりのある存在なようです。

私は、臨死体験や、ポルターガイストを目の当たりにした体験を持ち、別の次元の存在を感じるようになりました。

宇宙を含め、目に見えるものが全てではないということです。

聖書には、私たちの肉体は「仮の宿」であり、この世での修行の姿なのだとあります。どんなに美しい容姿に恵まれようと、美しさは限りあるもの。年老いていき、いずれ死ぬべき存在なのです。

愛に生き抜いた者。つまりは永遠の命を授かった死者は、神のもとで(別の次元の世界で)「仮の宿」ではない、永遠の美しい輝きに満ちた容姿を得て生きられるのだそうです。

そう考えると、この世の容姿など、どうでもいいことにも思えます。生きている時間の長い短いすら関係ありません。

もし、それを信じるとするなら、キリスト者とは、絶世の美女、または絶世の美男子を目指していることになります。

肉体は、どんどん衰えていきますが、心は心がけ次第では、限りなく進化していくことができるのです。

クリスチャンの中には、聖句を多く知っていることを鼻にかけている人もいるようです。しかし、イースターで試されることは、知識の多さではなくて、本当に主の復活を心から信じ切っているかどうかということなのです。

これは、愛を信じ切るということとイコールなことでもあります。

主の復活を心より信じ切れる。その時点で、永遠の命が、永遠の美が、その人に備えられたということなのだと思います。もう、何も恐れることはないのです。

今日の記事は、クリスチャンではない人には、へんてこなことと思われたことでしょう。

もちろん反論されても結構です。

書いている私も、20代の時には、多いに批判をしていました。今思うと、不思議なほどに自信をもって批判をしていました。そのことでクリスチャンを何人も泣かせました。でも、キリスト教に無関心ではなかったことが幸いだったと思うのです。私の批判を受け止めてくれた人たちにも感謝しております。

批判するという行為も、心に留めるための一つの方法だったからです。

心に留めた思いが、いつの日が根ずいて実を結んでいくのですから。

「批判を受け止める」ということは、実は、相手のためになる素晴らしい関わりをしていることなのだと思います。

愛の反対とは、無関心なのだと思います。

その無関心と同じくらいに悪いこととは、暴力に対し暴力で返すこと。つまり、報復をすることです。戦争とは、その最も際立ったものなのだと思います。

始めに戻りますが、人の心に垣根を作るという意味では宗教は好きではありません。

多分、それは宗教本来の目的ではないような気がしてなりません。
posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 18:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 声楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月15日

未来の創り方

最近、江原啓之さんの著書にはまっています。

江原さんの著書、『未来の創り方』には、良いアファメーションするための言葉をたくさん見つけることができました。この本は、かなりお勧めです。

運命は自分の意思で変えられるもの。しかし宿命は、素材のようなもので変えられない。自分が与えられた素材をいかに生かして料理していくかが、素晴らしい未来を切り開いていく上で大切なことなのだと書いてありました。自分の素材とは全く異なる夢を<妄想力>。自分の素材に基づいた夢を<想像力>と分けて考えるのだそうです。「ノート内観法」によって、自分の素材が何なのかを見出していきます。

アファメーションは、<妄想力>によるものではいけません。自分が与えられている素材に基づいた<想像力>によって、明るい未来を心に描いていくのです。

私は読んでいて、ある思いにふけってしまいました。

私は、学生時代は東京で自炊生活をしておりまたが、近所の喫茶店のママさんが、第二の母として、しろねこを支えてくれました。特に心の面においては、実の親よりも、彼女に育てられたといって過言でないのかもしれません。そのママさんは、癌に侵され生まれ故郷の神戸へ帰っていきました。

彼女は、毎日、越路吹雪のカセットテープを聴いていました。私は、現在、ウェディングソング歌手として、盛岡市内のホテルと契約しようと準備を進めています。

今のところのレパートリーは、 シューベルト アヴェ・マリア、グノー アヴェマリア、カッチーニ アヴェ・マリア、ルッツィ アヴェ・マリア、カプア オー・ソレ・ミオ、シューマン 君にささぐ、シューマン 君は花のよう、慕情(アンディ・ウィリアムズ)、愛の賛歌(越路吹雪)、乾杯(長渕剛)、CAN YOU CELEBRATE?/キャン・ユー・セレブレイト? (安室奈美恵)、作曲者不肖 アメージング・グレイス、マイ・ウェイ(フランク・シナトラ)、マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン(セリーヌ・ディオン)、見上げてごらん夜の星を(坂本九)、君となら(TUBE)、十年先のラブストーリー(TUBE)、未来予想図U(ドリームズ・カム・トゥルー)、Precious/プレイシャス(伊藤由奈)、ハナミズキ(一青窈)、永遠とともに(コブクロ)
※あと、いい曲あったら教えてください m(__)m

この本に、エディット・ピアフのことが書いてありました。越路吹雪さんのレパートリーの中でも、最も有名な「愛の賛歌」は、もともとはピアフによる曲でもあります。悲劇的な背景があるゆえ、結婚式に向いていないかというと、そうではないと思います。江原さんの言うとおり、人生がお芝居ならば、平穏なつまらないお芝居よりも、たとえ「血を吐くような思いをしても」輝いたドラマを生きる方が、幸せなのだと思うのです。

当時、絶望の日々を送っていた私にとって、まさに命をもらったと思えるほど、大きな恩を受けたのにもかかわらず、彼女には恩だけ受けて、何も返すことができませんでした。だからこそ、この曲を歌い続けることが、彼女への恩返しになるかと考えました。

昨年、ピーターの特別公演で、この曲を聴きましたが、涙の出るほど素晴らしい歌唱でした。まるで越路吹雪さんが乗り移ったかのような歌唱でした。私も、お世話になったママさんが喜んでくれるような歌唱を目指したいと思います。「愛の賛歌」は、特別な歌になりそうです。

「神の視点ノート」(=「ノート内観法」)も面白いと思いました。つまり、自分はどう考えるかということを紙に書き出してみたら、次に神はどう考えるかと考えて見るわけです。自分は、という、自己中心的な考え方を<小我>、神の視点を<大我>又は<真我>というそうです。完全に<大我>に生きるということは難しいのだと思いますが、<大我>の視点を持つなら、人生は意味のあるものになっていくのだそうです。

本当の意味の人助けとは、小我を満たしてあげることではなく、大我に目覚めさせてあげることなのだそうです。大我に生きようとすることは、真の自立にも繋がるとも書いてありました。

「いじめ」や「嫌な人との付き合い方」なども書いてありました。

ただ、ニコニコ動画でみた、「江原啓之 降霊会」は、酷いものがありました。若い頃の氏は、まるでインチキ霊能師のようでもありました。未熟さが目立ち見ていられません。でも、そういう時期を乗り越えて、現在のような素晴らしい人間へと進化していったのだと感じられました。

声楽家(スピリチュアル・ヴォイス)としての氏の活動にも興味があり、Sony Music Online Japanで視聴してみました。クラシカルな楽曲の歌唱は、本格的オペラ・ヴォイスで素晴らしいものがあるのですが、新しい曲の歌い方に関しては、地声が目立ち、あまり良いとは思えませんでした。進化し続ける氏のことなので、これからきっと素晴らしい演奏をしてくれることでしょう。とても期待しています。

長いこと風邪をひかずに来たのに、2月頃からカボチャが高いとメニューから外してしまいました。それまで、毎日食べていて、家族全員風邪をひかずに過ごしてきました。

忙しいので、食材を買うのを両親に任せてしまったことに問題がありました。風邪をひいてから、買いにいったのですが確かに高いと思いました。よりによって、最も大切な時期に風邪をひいてしまい少々凹んでいますが、だからこそ、風邪をひかない生活をしっかり心に刻むことができるようにも考えています。

私が歌を歌うことは大我なのか、それとも小我なのか、試される月になりそうです。
posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 17:42| Comment(2) | TrackBack(0) | 声楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月13日

ねこ(BlogPet)

きょうしろねこと、効果を確認した?

*このエントリは、ブログペットの「コロ」が書きました。
posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 07:01| Comment(7) | TrackBack(0) | BlogPet | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月12日

天国に行ける人、地獄に堕ちる人

そんなのわかるはずがありません。

ですが、

私が信じていることは、

人間の命の尊さを大切にして生きている人が、

決して地獄に堕ちることはないと思います。

どんなに、世に優れた証を残したとしても、

劣るから、価値が乏しいからという理由で、

誰かの命を軽んじるとするなら、

その人は天国にふさわしい人ではないのだと思います。

テレビのニュースを見ていて、

ハレンチな罪を犯して逮捕された人に、

「人でなし」と非難を浴びせることはしたくありません。

その人は、確かに命を軽んじた人なのかもしれません。

だからといって、

その人の命の価値が無いとはいえないのです。

罪は憎んでも、人を憎むまいと思うのです。

自分も罪人の一人なのだから、

多くの人に守られて、

大罪を犯さずに生きてきているのだから、

大罪を犯さなければならなかった不幸な人たちのために、

むしろ祈りの気持ちを向けてもよいのではないでしょうか。

そういった祈り合いの輪が築かれていくのなら、

きっとそこには愛があると思うからです。





しろねこは、酷い風邪をひいてしまい大ピンチです。

「もしそうだったら、私は地獄に落ちると思います。」

そう考える人がいても、当然だと思う。

でも、

その前に、

地獄が存在するかどうかも分からないのですから。


前に日記に書いたけど、真珠はゴミから生まれるのだそうです。
ゴミの延長線上が真珠なら、「ダメ」からはじめていいのだと思います。
でも、ダメな自分を軽蔑するその苦しみこそが、その人を真珠に変えてくれる。ゴミはやがて自らを超えて、真珠となって星のごとく輝くと思うのです…

しろねこは、どうやらプレッシャーに弱いようです。最も大切な時期に大チョンボ…

「ダメ」な自分から始めようと思います (=^・^=)ノ
posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 07:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月10日

がんにならないために

がんにならないためには、逆に「がんになる方法」を知っておいた方が良いと思いました。

全ての人が、すでに体内に膨大ながん細胞を隠し持っていて、ある条件が揃えばがんになるのだと言われています。


@恨みごと、「許せない」という感情
A過度の緊張、過労、ストレスの蓄積
B夜更かし、睡眠不足、不眠
C野菜不足の乱れた食生活



その対策として

@に対しては、毎朝クリスタルボウルの響き(CD)を聴きながら、アファメーション(ポジティブな言葉を繰り返し唱えて潜在意識をクリーニングすること)を行うようにしている。
Aに対しては、休憩・休養を取ることを忘れずに、ウォーキングや、足の裏マッサージ器を用いるなどして、血流を良くすることで酸欠にならないように心掛けるようにしている。
Bに対しては、クリスタルボウルの響き(CD)を聴いて眠るようにしている。
Cに対しては、がんを強力に予防するブロッコリー、トマト、たまねぎ、ピーマン、大豆、ほうれん草、海藻類等を心掛けて摂取するようにしている。


これらのことをしっかり守ると、がんを予防できるばかりではなく、がんになってもがんが消えていく、腫瘍は干からびていくといった症例もあるとのことです。

ただ、最も困難なことは、@であり、がんの再発と恨み事(「許せない」という感情)の再燃とに大きな関わりがあるとも言われています。体の健康だけではなく、心の健康についても大きな要素であると言えるのだと考えています。

がんにならないためにも、心のエクササイズも忘れずに (=^・^=)ノ
posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 08:05| Comment(3) | TrackBack(0) | 心と体 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月09日

18.粘り強く努力する

またもや、うつ病の者には厳しいテーマであると感じられました。

努力したくてもできないからです。

熾烈な競争社会で勝つためには、頭の良さではなく粘り強く努力すること…

ちょっと厳しいな…

でも、昨夜のWBC世界ボクシング・フライ級タイトルマッチをテレビで観戦して、そのことは強く感じられました。

内藤選手はチャンピオンとはいえ、挑戦者は、ただの挑戦者ではありませんでした。過去に17度もチャンピオンの座を防衛し、しかも内藤選手の最初の挑戦では、世界フライ級タイトルマッチ史上最短の1R34秒KO負けを味あわせた強敵。しかも、2度目の挑戦でも彼は負けています。彼を破ってチャンピオンになったとはいえ、実力にほとんど差は無いのです。

内藤選手は、1ラウンドから、大きな動きをして試合巧者の元チャンピオンと互角に戦いました。小さな動きでは、相手の上手さが目立ったことでしょう。問題は、その動きが12ラウンド持つかどうかでした。

ところが、彼は、12ラウンドまで、大きな動きが止まりませんでした。それゆえ、引き分けにもっていき、チャンピオンベルトを死守することができたのです。あのスタミナを考えると、猛練習の賜物なのだと感じられました。

私は、こんなにも素晴らしいボクシングの試合を今まで見たことがありませんでした。チャンピオンと挑戦者と言う戦いではなくて、チャンピオン同士の風格のある試合だったからです。

内藤選手にとってのボクシングとは、いじめられッ子から脱出するためだったといいます。子供の頃から、ボクサーになるという夢を持っていたわけではありません。

しかし、彼は自分の弱さとしっかり向き合い、克服しようと考えたことが、彼の人生のテーマとなり、チャンピオンへと繋がっていったのだと思います。

私は、そういう彼の粘り強さを見習いたいと思いました。彼が戦っているイメージは、心の支えになるかもしれません。

うつ病は苦しい病です。動けなくなってしまったとき、それでも与えられた責任を果たそうと頑張ったことがありますが、脂汗が目に入り、その痛さと戦いながら、それは大変でした。しかも、後のダメージも半端ではありませんでした。

でも、人生には、それでも戦わなくてはならないことが出てくると思います。生きていくには、やはり収入を得なくてはならないからです。

仮に、仕事が無くて(できなくて)、市町村から特別障害者手当、生活保護、児童扶養手当、障害者年金等を受けるとしても、ある意味で戦って得なくてはなりません。断られたからといって引き下がっては生きていけません。親からの援助にすがれる立場なら別ですが、そうでない場合、なんとかして生活費を得なくては生きてはいけないのです(だからこそ、手当てを受けることは恥ずかしいことではないんです)。

障害があったとしても、障害としっかり向かい合い、障害のままでもなしとげる証を一つ、また一つと築いていくこと。傷害を持ちながらも、自立していく道を築いていくこと。

障害を治そうと考えるのではなくて、障害を持ったままでも、生きていく道を見出そうとすること。

それが「克服」と言うのかもしれません。

やはり、キツイけど。

だからこそ、励まし合いの輪が必要なのだと思います。


粘り強くあろう。仲間と励まし合って、諦めない気持ちを生み出そう。
どんなに断られたとしても、引き下がらないで生きる道を見出そう。


※このフレーズを10回声に出して唱えると、アファメーション(ポジティブな言葉を繰り返し唱えて潜在意識をクリーニングすること)の効果がありますよ。
氷山の水に沈んでいる部分のように、意識より無意識(潜在意識)の方が、10倍も大きいのです。
意識を良いものに変えようと努力しても勝ち目がありません。
黒いコーヒーの入ったカップに水道の水を注いでいくと、やがて透明になっていくように、アファメーションによって潜在意識をクリーニングしていきましょう。

※努力しなくては得られないような幸福ばかり追い求めていては、やがて疲れ果ててしまいます。
四季の美しさを味わうことでも、100円ショップで売っている霧吹きボトルに水を入れ、同じく100円ショップで手に入る好みのアロマオイルを数滴たらしてアロマミストを浴びるようなことでもいいのです。日常の中で見つけられる、簡単に手に入る、「小さな幸せ」を毎日感じる練習をしていきましょう。
そうすると、好不調の波が、激しく大きな波から小さな波となっていき、やがて穏やかな波へとなっていくことでしょう。幸福体質を築いていきましょうね。

※薬は、脳内の伝達物質等のバランスを改善できる効果があるのだと思います。そういう意味で重要なのだと考えています。しかし、薬を飲んだからといって、生活習慣までは改善してはくれません。
 生活習慣を改善する部分においては、本人の自覚と努力が必要になってくるのだと思います。アファメーションとは、頑張る方法ではなく、無理せずに、自然に心の持ち方を改善していく心のエクササイズなのです。

※アファメーションは、ダイエットに似ています。月に1回だけやったからといって痩せることがないように、毎日取り組まなくては効果が出ません。毎日、取り組まれることをお勧めします。

参考文献:『自信の法則』 ジェリー・ミンチントン=著 弓場 隆=訳 (ディスカバー)
posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | アファメーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月08日

おめでとう内藤大助選手!

今夜は、WBC世界ボクシング・フライ級タイトルマッチをテレビで観戦しました。先ほど終了したばかりです。

同級王者・内藤大助選手(33=宮田)が同級1位で過去17度のチャンピオン防衛をした元王者ボンサクレック・ウォンジョンカム選手(30=タイ)と対戦(内藤選手は、過去に彼に2度敗れていて、これが4度目の戦いとなる因縁のライバル。しかも最初の戦いでは、世界フライ級タイトルマッチ史上最短の1R34秒KO負けを喫した相手でもある)。試合は引き分けで、内藤選手が2度目の防衛を果たしました。

それは、しろねこが今までにテレビ観戦した全ての試合で、一番見ごたえがあるものでした。チャンピオンと挑戦者という戦いではなくて、チャンピオン同士の風格の感じられる素晴らしい試合でした。

あまりに素晴らしい試合内容なので、ついつい正座で見入ってしまいました。だらしのない姿勢で見るには、失礼と感じられたからです。特に内藤選手は、第1ラウンドから大きな動きをしていたので、スタミナが持つか心配でしたが、12ラウンドまで、その動きが止まることがありませんでした。猛練習の賜物なのだと感じられました。

いじめられッ子から、よくこんなにも強くなられました。感動しています。

そして、心から叫びたいです。

おめでとう内藤大助選手!


そうそう、Gacktの君が代アカペラ独唱も感動でした。今までに聴いた君が代独唱の中でも、最もハイセンスでピカイチだったと思います。
posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 21:20| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月05日

遺伝子レベルのトラウマとクリスタルボウルの響き

私は、毎日、寝る前にクリスタルボウルのCDを聞いています(「倍音浴 ECHO OF SILENCE MAKINO JUN」 ピンポイント 税込み2,800円)。

これを聴くようになってから、誘眠剤を飲まなくても眠れるようになりました。ただ、今まで見たことの無い風景や不思議なイメージが意識上に浮かんでくるようになりました。

これは、潜在意識の底に眠っている遺伝子レベルの情報なのだと言われています。

そうなると、この遺伝子情報には、殺人者、自殺者などの情報も眠っているかもしれません。

生まれてから現在までの経験におけるトラウマだけが全てではないようです。

私たちは、生まれてから現在までに、いろいろな試練と戦って生きてきていると思います。しかし、それだけではなく、遺伝子レベルの情報という、自分には記憶にないような存在とも戦っているのかもしれません。

受精してから、胎児になって、誕生するまでの過程を写真等で見たことがあるなら分かると思いますが、卵が、やがてエラ呼吸する魚のような形となり、両生類になり、次第に人間らしい形へとなっていきます。これは、生命誕生から、人間になるまでの進化の過程を経ているのだと考えられます。

そして、胎児が人間の形になってから、代々受け継いできた遺伝子情報が潜在意識下に形成されているのだと言われています。

宗教も哲学も無い「生まれっ放し」の人は、意識で律する力が弱いので、潜在意識の遺伝子情報についつい遊ばれてしまいます。

わかっちゃいるけど、やめられない!

どんなに愛している人でも、妻には、私と同じ遺伝子情報はありません。しかし、子供には(私には子供はいませんが…)、二人の遺伝子情報が受け継がれているわけです。ある意味では、情報が増えた分、思い十字架を背負っているイメージになりますが、逆に、悪い遺伝子が暴れないようにバランスが取れたりもするようです。情報(素材)が増えた分、新しい人の方が「可能性」が大きくなっていると言えるのかもしれません。

私は、このクリスタルボウルの音色を聞きながらアファメーションをしています。潜在意識のより深いところに響かせて、遺伝子レベルのトラウマの根本治療をしたいと思うからです。

クリスタルボウルの響きは強力です。人間の体の約70%は水であり、音波は空気中より水中の方が5倍も伝導率が高いので、体に直接伝えられる音の振動刺激はきわめて効率がよく、細胞レベルに対する有効な刺激となると言われています。

この素晴らしい響きを利用しながら、その人に良い方向性を与えられるアファメーションの言葉について考えていこうと考えています。
posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 21:16| Comment(2) | TrackBack(0) | アファメーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月04日

17.モチベーションを高める

3月に入ってから、生活が充実してきているように思います。

まず、健康面で大きな変化がありました。

私は、5年程前から高血圧に悩まされてきました。上が150以上下が100以上は当たり前、上が180、下が120を超えることもしばしばでした。

2月の終わり頃から、毎日、1時間以上のウォーキングを始めました。また、大リーガーのイチロー選手が愛用しているという足裏マッサージローラーによるマッサージを仕事の合間にやっています。

3月には行ってから、上が120台、下が80台で安定してきました。いつ測定しても、同じような数値です。どうやら、ウォーキングや足裏マッサージローラにより血流が良くなることで、心臓のポンプへの負担が減り、血圧が改善されたのかもしれません。

パソコンで仕事をしていると、動かないので血流が滞り、その結果、高血圧になっていたのかもしれません。また、同じ姿勢を長時間やっていたことで、首の椎間板ヘルニアにもなって頭痛に悩まされてきました。これは、水泳をしたり、ダンベル運動をするなどして、首周りの僧帽筋を鍛えることでしか良くならないのだそうですが、血流が良くなると不思議と頭痛がしなくなりました。

もう一つは、寝る前に約30分、クリスタルボウルの音色のCD(「倍音浴 ECHO OF SILENCE MAKINO JUN」 ピンポイント 2,800円税込)を聴いています。不思議と、誘眠剤を飲まずして熟睡できています。これのお陰で、朝スッキリ起きられるようになりました。

朝スッキリになったところで取り入れた習慣なのですが、「一日の段取り帳」なるものを付けるようになりました。手帳サイズで、手帳より少し厚めのメモ帳を選びました。

まず、いつもより少しだけ早く起きて、この「一日の段取り帳」に、今日一日に何をするかの段取りをできるだけ詳しく書いていきます。

ダイアリーは、大切な予定や約束事を記入するのは良いのですが、スペース的に詳しく一日の段取りを書くわけにはいきません。また、日記帳となると、夜に一日を振り返って書くものなのだと思うのですが、多くの場合夜は疲れて書けないことが多く、長続きしません。

朝に、この「一日の段取り帳」を付けると、なぜか「やる気」が湧いてきます。昨日に嫌なことがあったとしても、断ち切ることができるようです。手帳サイズなので、常に携帯し、日常のメモも記入します。できなかったことは、横線を引いておきます。つまり、夜に思い出すことなく、それ自体が日記帳にもなるわけです。

大切なことは、「今日一日」のことだけを考えます。明日のことは考えません。前日、横線を引いてあるの見て、今日それをやればいいわけです。明日のことは一切思い煩わないようにします。ダイアリーの方には、何日も先のスケジュールを書き込みますが、「一日の段取り帳」では、今日一日のことだけをテーマにします。

何日も先まで詳しく予定を立てちゃうと、上手くいかない場合、どんどんやる気を失ってしまいます。

今日一日をしっかり過ごせると、良い明日に繋がります。そういう生活が習慣化していくと、一日一日の生活が確実に進化していくと思うのです。

「一日の段取り帳」を用いると、思いつきで行動することが少なくなります。

生活に迷いがなくなり、やることを一つ一つ確実にこなしていくことができます。

何より、朝に一日の段取りを書きながら、「やる気」(モチベーション)を高めることができるのです。

私の場合、とくに午前中にうつ病による激しい落ち込みが起こりやすいことが多いので、この習慣が、うつ病の治療に効果をもたらしてくれるのではないかと期待しています。


朝に、今日一日の段取りをしてみよう。
ちょっとした「やる気」が、生活を大きく進化させていくと信じよう。


※このフレーズを10回声に出して唱えると、アファメーション(ポジティブな言葉を繰り返し唱えて潜在意識をクリーニングすること)の効果がありますよ。
氷山の水に沈んでいる部分のように、意識より無意識(潜在意識)の方が、10倍も大きいのです。
意識を良いものに変えようと努力しても勝ち目がありません。
黒いコーヒーの入ったカップに水道の水を注いでいくと、やがて透明になっていくように、アファメーションによって潜在意識をクリーニングしていきましょう。

※努力しなくては得られないような幸福ばかり追い求めていては、やがて疲れ果ててしまいます。
四季の美しさを味わうことでも、100円ショップで売っている霧吹きボトルに水を入れ、同じく100円ショップで手に入る好みのアロマオイルを数滴たらしてアロマミストを浴びるようなことでもいいのです。日常の中で見つけられる、簡単に手に入る、「小さな幸せ」を毎日感じる練習をしていきましょう。
そうすると、好不調の波が、激しく大きな波から小さな波となっていき、やがて穏やかな波へとなっていくことでしょう。幸福体質を築いていきましょうね。

※薬は、脳内の伝達物質等のバランスを改善できる効果があるのだと思います。そういう意味で重要なのだと考えています。しかし、薬を飲んだからといって、生活習慣までは改善してはくれません。
 生活習慣を改善する部分においては、本人の自覚と努力が必要になってくるのだと思います。アファメーションとは、頑張る方法ではなく、無理せずに、自然に心の持ち方を改善していく心のエクササイズなのです。

※アファメーションは、ダイエットに似ています。月に1回だけやったからといって痩せることがないように、毎日取り組まなくては効果が出ません。毎日、取り組まれることをお勧めします。

参考文献:『自信の法則』 ジェリー・ミンチントン=著 弓場 隆=訳 (ディスカバー)
posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 10:39| Comment(0) | TrackBack(0) | アファメーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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