2008年05月30日

善意の連鎖

私が、東京で学生時代を送っていた頃の話です。

確か夏休みだったと思います。私は、帰省するために新幹線の自由席に乗りました。

車掌さんが切符を切りに笑顔で回ってきました。私の番が来て、切符を渡そうとポケットの中を探すと、ポケットに切符がありません。

「すみません、ポケットに入っている筈の切符が見つからないので」

と言うと車掌さんは、

「では、探しといてください。また、来ますからね。」

その時は、優しい笑顔を残し先に進んで行かれました。

ところが、探せども探せども切符が出て来ませんでした。何かの拍子にポケットから抜け出て無くしたようでした。

車掌さんが、またやって来ました。

「切符は見つかりましたか?」

「それが見つからないもので…」

「それは困りますね。まず料金をここで支払ってください。もし、あとで切符が見つかりましたら精算するようにしてください。」

私は、財布の中身を確認したのですが、数百円しか残っていませんでした。

お金が無いことを話すと、車掌さんは以前の笑顔とは急変してしまい、それは信じられないような厳しい口調で、

「お客さん、これは犯罪ですね。盛岡駅に着いたら警察に行ってもらいますからね。」

私は、犯罪者と呼ばれたことでかなりショックを受けてしまいました。きっと青ざめた表情をしていたことでしょう。

車掌さんの荒立った声を聞いていたのでしょう。通路を挟んで隣の側の席に座っていた30歳前後のやさしいお顔の美しい女性が、その車掌さんに、

「その方の料金は私が支払います。」

そういって、お財布からお金を取り出し全額支払ってくださいました。

私は、「後日、お金をお支払いします」と言ったのですが、その方は、名前も住所も明かしてはくださいませんでした。ただ、

「私は、伊豆の大島の者です。大島はとても綺麗なところなんですよ。いつか遊びに来てくださいね。」

と素敵な笑顔で話してくださいました。そして、私に「どんな勉強をしているの」と尋ねてくださっては、いろいろ励ましの言葉までくださいました。地獄のような状態から、楽しい旅へと変わりました。

私は、残念ながら、まだ伊豆の大島には行ってはいません。でも、私にとって、日本で一番素敵なところなのだと考えています。彼女の善意の気持ちを決して忘れまいと思います。

そして、自分と同じように困っている人に出会った時、その方が私にしてくださったように対応することで、彼女へ感謝の気持ちをお返しできるのではないかと考えるようになっていきました。

もしかすると、その女性も、困った時に助けられた人なのかもしれません。人を助けることとは、積極的な愛です。普通にできることではないのだと思います。

積極的な愛を実践できる人は、きっと過去に助けられたことのある人なのだと思うのです。私が困っている誰かを助けたなら、きっと助けられたその人も、困っている誰かを勇気を持って助けることができることでしょう。そういった、「善意の連鎖」に生きるって素晴らしいことだと思います。

多くの人が、こういった「善意の連鎖」に生きるなら、きっと住みよい社会になっていくように思います。


私の「魂の自立(善意への目覚め)」の始まりは、ここにあるのです。教会で学んだわけではありません。


毎日、テレビニュースを見ていると悲しい事件ばかりが目に付きます。「不幸の連鎖」がそこにあります。

「酷いことをされたから、同じように酷いことで返す」

「酷いことをされたから、その相手が立ち直れないほどの厳しい裁きを望む」

もちろん、そう考えたくなることもわかります。

でも、私は、善人と悪人にそんなに差は無いと思うのです。私も、生まれ育った環境が違えば極悪人になったかもしれないし、人の命を救う優れた医者になったかもわかりません。私の中に、善人の種も、悪人の種も隠し持っているように思います。

相手を打ちのめそうといったネガティブな気持ちを乗り越えて、克服してこそ、心に平和な気持ちが持てるように思えてなりません。


posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 14:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 心と体 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月29日

25.内なる支援者を育成する

30代の頃の私は、ハードな肉体労働者をしていました。しかも、体力勝負の男たちだけの世界。

私は、40歳を過ぎてから結婚しましたから、現場での休憩時間には、私が結婚できないでいることを笑いのネタにされました。ホモではないかとか、変質者ではないかとか、幾度となく、心の傷つく言葉を浴びせられました。

少々デリカシーに欠ける男たちゆえ、冗談もきつく、私と同様に結婚できないでいた同僚は、そのことで心がすっかり滅入ってしまい、何度も精神病院に入院しました。毎週月曜日に、通院していたのですが、病院から職場に来るや、「お前は、週休二日でも休みが足りなくて、さらに半日休むとはいい気なもんだな…」とやじられるといった具合でした。

私はといえば、彼以上にやじられていた割には、自尊心を失うことなく、自分を高められていけたと思います。

鉄筋加工の仕事では名人芸?を身に付け、自分の居場所を築いていきました。さらには労働組合の委員長になってからは、会社から一方的に叩きつけられた職能給制度に対し、組合独自の給料制度を作成して阻止。ベースアップも勝ち取るなど、現場の労働者たちから頼られる存在になっていきました。そして、私のことをだれもやじらなくなりました。

当時の私は、かなりのめり込んだクリスチャンだったので、心にはいつも聖書の言葉がありました。その言葉があったので、どんなに酷い言葉を浴びせられても、自信を失うことがありませんでした。「自分は間違っていない」という自信があったからです。聖書の後ろ盾は、とても大きかったように思います。

現在は、多くの人との交流を持っているので、その当時のようなキリスト教オンリーな考え方はしていません。ニュートラルなスタンスで考えるようになりました。その交流を通して、何もキリスト教でなくても、私と同じように、信仰という後ろ盾によって、自尊心を守り続けてきた人がいることを知ることもできました。

私は、人を励ますことを大切にしています。心を込めて誰かを励ましていると、その言葉が潜在意識に落ちて、苦しい時、辛い時、潜在意識に方から、励ましの言葉が上がってきます。このことで、自尊心を守り育てることができるのです。

多分、いつも他者にけなしの言葉を浴びせているような人は、苦しい時、辛い時、潜在意識の方から、自分に向かって、けなしの言葉が上がってくることでしょう。このことで、自尊心はどんどん失われていき、嫌われ者になっていくように思うのです。

他者を励ますことを喜びとしている人は、どんどんポジティブな心になっていくのだと思います。

歌手の宇多田ヒカルさんが、「自分は、善人だと思うか。悪人だと思うか」との問いに、「自分は悪人」と答えていました。その理由が、「自分は善人」と答える人は、嘘っぽいというか気持ち悪いからとのこと。

私も、自分を善人とは考えていません。声楽をやっているのですが、いつも自分は一番と思い込んでやっています。そういった負けず嫌いで少々思い上がった性格でないと芸術には向いていないと思うからです。そういう面では、性格悪いです。でも、優しいところもあると思うし、良いところもあれば、悪いところもあるから、人間らしいのだと考えるようにしています。

宗教をやることは、「善人になるため」なんて考えていません。「自分を信じる強さが欲しいから」というのが、その理由の一つなのだと思います。自分に自信を与える言葉は、大いに心にインプットしていった方が、強くなれると思います。


大いに他者を励まそう。
他者を励ますその言葉は、苦しい時、辛い時、「自分への励ましの言葉」として返ってくるのだから。
内なる批判者ではなく、内なる支援者を育成していこう。


※こののフレーズを10回声に出して唱えると、アファメーション(自分自身に向かって唱える自 己肯定の言葉)効果がありますよ (=^・^=)ノ


参考文献:『自信の法則』 ジェリー・ミンチントン=著 弓場 隆=訳 (ディ スカバー)
posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 20:32| Comment(0) | TrackBack(0) | アファメーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シンプルライフ

これは、異端的なキリスト教のカテゴリに入るのですが、私が以前に交流していた友人の中に、エホバの証人の信者さんがいました。これは、あくまでお付き合いとしての交流で、私がエホバの証人に入信することはありませんでした。

彼らの多くは、フルタイム労働ではなく、半日労働をしていました。

それは、残る半日は伝道活動をするからなそうです。

その友人と、また数世帯のエホバの証人の家族が、長屋のような粗末な物件に身を寄せるようにし て生活していました。

その長屋の住人の一人が、私にこう言いました。

「私たちは、半日労働で貧しいように見えるかもしれないけど、神様以外のことにお金を使わない ので、お金は十分足りるのです。でも、以前の自分は、今の倍以上もお金を稼いでいたのに、欲望が尽きないために、お金がいくらあっても足りませんでした。」

彼らは、お金が無いことで困ることは無いようでした。その時、お金を持っている信者さんが喜んで工面してくれるからです。そういった助け合いがあるゆえ、無駄なことにお金を使うことは全く無いのだそうです。そこには、信仰による安心感があるようでした。

では、現在の私はどうかというと。お金が無くて、かなり困っています。お金が足りていないと不安になってしまいます。

カウンセリングを勉強するにしても、本や教材のお金、セミナー等を受講するにも大変お金が掛か ります。声楽をやるにしても、楽譜代やCD等の資料代、衣装代。また、勉強のために多くのコンサ ートにも足を運ぶし、レッスンや伴奏者にもお金が掛かるし、良いオーディオで音楽を聴きたいし 、パソコンやインターネット環境を新しいものに保とうとすると、とてもお金が掛かるし、相手に 良い印象を与えようとするとファッションにだってお金が掛かるし、時には妻を喜ばせるためにも 、ちょっぴりリッチな食事に誘う必要もあるだろうし、映画やコンサート、美術の展覧会などに足 を運んで感動を共有する必要もあるだろうし…

と、今書いたことは、エホバの証人の方々には、まったく無縁のものなんだろうなと、ふと頭をよ ぎりました。

神学的には、彼らの教義は狂っているように思います。「輸血拒否の問題」にしてもそうです。しかし、その生活に目を向けると、頭が下がる思いがします。

私も、少しは彼らに見習って、シンプルライフに生きてみようかと思うようになりました。

お金を掛けないでも得られる幸福を追求してみたい。

一度、最小限で生きてみて、

「だいじょうぶ。今のままでも、十分お金が足りる。」

そういった生活を基本にしながらも、豊かな人生を歩めたら素晴しいのではないかと、ふと思いに ふけっておりました。
posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 08:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 心と体 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月27日

一昨日のこと

東京でのサウンドヒーリングをテーマにした素晴らしい研究会に出席してきました。じっくり書く時間が持てず、詳しく書けないことが残念です。

超メジャーな歌手と交流することもできました。その先生からレッスンを受けることの約束も取次ぐこともできました。家に帰って、そのことを妻に話したところ、妻の方がよく知っていて驚きました)。閉会後、先生のCDを買い、サインもしてもらいました。

昨日は、YouTubeでも先生の歌をたくさん見つけて感動が深まりました。レンタルショップに行って、100万枚のセールスを上げたという先生のCDや、その歌の入っている海外でも大成功を上げた映画のDVDを借りてきて鑑賞もしました。遅ればせながら、私もはまりそうです。数年後、私の歌唱が大きく進化して、先生とのことを書ける日が来ると信じたいです。

クリスタルボウルの奏者とも名刺交換をしました。クリスタルボウルの演奏のCDのコレクションは多く持っているものの、生演奏は初めての体験でした。やはり、生演奏が一番癒されると思いました。さらに、クリスタルボウルの演奏を伴奏にして童謡「ふるさと」を皆といっしょに歌ったのですが、クリスタルボウルの響きと、皆さんの声との響きと一体になっていく感覚を味わい、大きな感動に浸ることができました。全く同じ状況は二度とあり得ない、その時の会場の空気と、さらには、すべてのものと共鳴し合うサウンドバイブレーション得ることは、素晴らしい癒しの可能性があることを実感できました。先生には、ぜひ盛岡でも演奏して欲しです。

「癒しの島 屋久島」というCDも買いましたが、これはこれまで買ったヒーリングCDの中ではピカイチのものだと思いました。カウンセリングを行う際には、重要な小道具として生かせると思います。

素晴らしいヒントを与えてくださった、海外からのヒーリング・ミュージック・アーチストのミニトークも感動的でした。その先生のCDを購入し、サインをしてもらいました。

有益なヒントをたくさん得ることのできた素晴らしい研究会でした。


昨日は、某カフェレストランから電話があって、お店の6周年パーティで歌ってほしいとの依頼がありました。全てカラオケによって歌うものですが、自宅のパソコンによるインターネットカラオケで、候補に出来そうな曲を片っ端から歌ってみました。今度はマイクを使っての演奏なのですが、生声より、声のニュアンスが豊かに作れそうなので楽しんで練習できそうです。
posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 08:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月22日

ピアノ猫 "Nora"



このNoraちゃん、アメリカのニャンコらしいのですが、YouTubeで話題になりました。

ニュージャージ州の保護施設からピアノ講師のもとへ引き取られ、レッスンを真似るようにピアノを弾き始めたのだとか。それしても、落ち着いたニャンコです。ピアノの練習が苦手な飽きっぽい子供にとって、良いお手本になりそうです。

鍵盤に耳を近づけては、音楽を感じながらピアノを奏でる姿がとっても素敵で愛らしいです。

そして、とっても癒される動画です。
posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 06:47| Comment(2) | TrackBack(0) | ねこ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月19日

中国四川省大地震被災者のための義援金募金活動に協力しよう!

■ファミリーマート 中国四川省大地震に対する義援金募金活動の実施
ファミリーマート各店(全国のファミリーマート各店 約7,200店舗)で店頭ポスターを掲示し、レジカウンターに募金箱を設置。
URL:http://www.family.co.jp/company/news_releases/2008/080513_2.html

■TBSカンガルー災害募金 「中国・四川省大地震」義援金
【電話からの募金方法】
1回の電話で105円が電話料金に加算されます。(NTTのダイヤルQ2の仕組みを使用しております)
ご協力いただける方は下記の電話番号におかけください。
携帯電話、公衆電話、IP電話などからはご利用できません。
TBSカンガルー災害募金「中国・四川省大地震」義援金

0990‐51‐6000

表示の電話番号はNTTダイヤルQ2の電話番号です。
お電話をいただき、およそ1分間のメッセージをお聞きいただくと105円が電話料金に加算されます。
通話料は別途かかります。
ダイヤルQ2そのものについての問い合わせはNTTのダイヤルQ2ホットラインへ。
0120‐409‐901(月〜金 平日のみ 9:00〜17:00)。
URL:http://www.tbs.co.jp/kangol/07saigai_2008shisen-mm.html

■日本赤十字社 中国大地震の救援金受付について
1.救援金名称 「中国大地震救援金」
2.募集期間 
 平成20年5月14日(水)から平成20年6月10日(火)までの約1カ月間
3.救援金受付口座 
 ●郵便振替口座のご案内
 ・口座番号  「00110−2−5606」
 ・加入者名  日本赤十字社
 ・通信欄に「中国大地震」と明記して下さい。 
※受領証の発行を希望の場合は、その旨を通信欄に記載して下さい。
 ※郵便局窓口での取扱いの場合、振替手数料は免除されます。
URL:http://www.jrc.or.jp/sanka/help/news/1394.html

■カリタスジャパン 中国四川大地震被災者救援募金受付の件
中国四川省アバ・チベット族チャン族自治州ブンセン県付近を震源とするM7.8の地震により、中国政府は四川省だけで死者が推計5万人以上に上ると発表、被災地の広さも日本全土の4分の1以上にあたる10万oe以上と見直されました(15日/新華社通信)。

政府の地震災害対策本部によると、これまでに確認された死者数は四川省だけで19,509人、同省によると依然として約12,300人が生き埋めとなっており、負傷者は約102,100人です。

今回の災害に関しては、積極的に募金の呼びかけは行ないませんが、この災害の意向のために寄せられる募金を「受け付ける」ことといたします。なお、お寄せ頂いた募金は、この地震被害に関する援助要請(国際カリタスのEmergency Appeal/EAなど)に義援金として送金させていただく予定です。

郵便振替番号:00170-5-95979
加入者名:カリタスジャパン
通信欄  呼びかけ中の募金(   )内に、
「中国四川大地震」とご明記ください。

URL:http://www.caritas.jp/hotnews/current/shisen_sho.html
※カトリック教会のミサにおいて、募金箱を設置しています。


四川大地震の死者と行方不明者が7万1千人に。(5月20日現在)
被災地では、感染症が広がっているとのことです。生き残った人の中からも多くの死者が出ることが予測されます。医療支援が求められています。
国境・民族・歴史・宗教・思想・文化を超えた助け合いの心が求められています。

死者・不明8万人超 負傷者は28万人 (5月23日現在)
posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 06:46| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月13日

インナーチャイルド

今日のテーマについては、まだ研究不足ゆえ、少し引き算して読んで欲しいと思います。

私たちの心には、3歳の子供の自分が住んでいるといいます。

その3歳の子供の自分との付き合い方が、とても重要なのだとも言われています。

殆どの人は、生まれてきて最初に出会う人間は、親であるわけです。

幼児期は、その親の真似をしながら成長するしかありません。

つまり、3歳の自分とは、親との人間関係そのものとも考えることができると思います。


お母さんが自分にしてくださったこととは…

自分がお母さんにしてあげたことは…

お母さんの言動で苦痛を感じたこととは…

自分がお母さんに迷惑をかけたこととは…


そういった幼児期の記憶に心を向けて瞑想してみます。

自分の心の基本についてじっくり考えてみます。

私が思うには、そこで思い出されたことを決して批判しないことだと思います。

そこに自分の欠点や弱さの原因を見出したなら素晴らしいことなのです。

克服するということは、現実を受け入れ直視することから始まります。

ここでは、インナーチャイルド(本音の自分)に優しい気持ちで接し、慈しみ、励まし、抱きしめてあげましょう。子供の自分の声をじっくり聞いてあげましょう。

例えば、身体に障害があるのなら、障害を憎み自分を呪うのではなく、障害を直視し、自分は何ができないのか、どうできないのかを冷静に分析していきます。そして、どうしたら、その障害を克服するかを考えていくわけです。現実から逃げてしまったり避けてしまっては、障害を克服することはできないのです。

障害を克服することは大変なことですが、その過程で優れた知恵が備わっていきます。その知恵とは、決して本で読んだ知識では得られない、価値を失うことのない一生の宝ともいえるものです。

ですから、決して自分を卑下してはいけません。

どんなに苦しい記憶であっても、天から与えられた尊い使命と思って受け入れるのです。

とはいえ、誰もが障害を克服できるとは限りません。もし、挫折してしまっても、自分を責めないでください。もし、うつ病の人なら、薬の力も必要です。うつ病は、脳の病気ゆえ、心の持ち方を変えたからといって治るものではありません。でも、幸福感の持てる考え方を身につけるのなら、薬のような強い効き目は出ないとしても、じわじわと脳の伝達物質のバランスを改善する効果が表れてくると考えています。

とにかく、焦らず、急がず、じっくり取り組んでいきましょう。

世の一切の雑音を遮断し、心を静かに静かに、瞑想にふけることで、インナーチャイルドと対話できるようになります。そして、同じようにして神に心を向けるなら、神から素晴らしいインスピレーション。すなわち知恵を授けられると思うのです。

時々、一人静かに、瞑想する時間を持ちましょう。
posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 22:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 心と体 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月11日

歌の本番

concert_080510.jpg

昨日は、第37回盛岡芸術祭声楽部門演奏会「新しい息吹とともに 〜その18〜」(13時30分開場 14時開演 盛岡市民文化ホール「マリオス」 小ホール)に出演しました。

12時35分から15分間のリハーサルがありました。あくまで入退場の練習を中心に、軽く歌うつもりでしたが、客席を見渡すと、岩手の声楽界の重鎮であられる、心より尊敬する松田 晃先生が見にいらしておりました。また、9月23日(秋分の日)にオーケストラ付きでバッハのカンタータの同じ曲を歌えるかもしれないのですが、その依頼者の奥様でピアニストでもあられる方も見に来ていました。そういうこともあり、かなり緊張感のあるリハーサルとなりました。

リハーサルの後で、妻と二人で松田先生と話をする機会を得ました。妻がうつ病で苦しんでいることをとても心配してくださいました。そして、松田先生は、妻の卒業した高校で14年も教鞭をとったこと、そして、その高校で3年連続、合唱部を岩手県1位にしたことを話してくださいました。妻は、卒業した高校がレベルが低いと思い込み劣等感を抱いておりました。先生と語り合ううちに母校に誇りを持てるようになったとのことです。私が先生に、妻が絵画で内閣総理大臣賞を取ったことを話したところ、それは大変誉めてくださいました。妻は、そのことで大変、上機嫌となったのですが、その際に脳内物質のバランスが良くなったのかもしれません。顔の輝きが以前と違っていると感じられました。また、私も、秋の岩手芸術祭で、ロ短調ミサのバスのアリアを歌いたい旨を話したところ、先生は以前に先生の率いる盛岡コメット混声合唱団でやったことがあるとのこと、レッスンを付けてくださると約束してくださいまいた。

本番には、多くの人が足を運んでくださいました。楽屋に花束やお花代が届き、大変励みとなりました。前回の盛岡芸術祭は、一般参加のみでしたが、今回はいろいろ事情があったようで、中高生も参加しました。第一部で歌った不来方高校3年工藤君は、第6回全国日本彩明ムジカコンコルソ声楽部門高校生の部で全国1位となった実力を持ち、力強いその歌唱には、世界の舞台で活躍できる器を感じられました。サインでも貰っておけば良かったかな。※上の写真は、楽屋のテレビモニターの画面です。


私はプロブラムの終わりから2番目に歌いました。J.S.バッハ カンタータ78番「イエスよ、汝はわが魂を」より、第5番レチタティーヴォ 第6番アリアと、E.di カプアのオー・ソレ・ミオ(わが太陽)を歌いました。

会場を見渡すと、知っているお顔を多く見つけることができました。そのことで、かなりパワーをもらえたと思います。特に、オー・ソレ・ミオは、笑顔で歌うことができました。終わりの決めの高音もいつもより長く出したのにもかかわらず息がしっかり続きました。大きな拍手に感動をしました。ピアノ伴奏の先生にも感謝の気持ちでいっぱいでした。

コンサートが終わってから、ロビーに出て、多くに人から祝福を受けることができました。その後、舞台上で出演者全員での記念写真を撮りました。

下の録音は、本番のものではなく、3日前の練習で録ったものです。本番では、この録音を元にさらに進化させることが出来ました。本番の演奏の様子はビデオで取ったとのこと、後日、DVDにしたものをプレゼントされるとのことです。



応援してくださった方々に、心より感謝でいっぱいです。
posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 21:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 声楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月09日

親孝行

昨日は、トータル・カウンセリング・スクール主催、田中 信生師講演会「人生を楽しむ とっておきの知恵」に妻と母と行ってきました(於:盛岡市民文化ホール 大ホール 開演:午後6時30分)。母は、先生の講演のテープを毎日欠かさず聴いて、元気を回復できたこともあり、私は母のために最前列の座席を取りました。開演前に、母が会いたいといっていた渡辺 裕子先生を見つけたので、先生に母を紹介しました。それからすぐに、今度は田中 信生先生が母に会いにいらっしゃいました。母は、それは感動しておりました。先生にご著書にサインもしてもらった他、講演の中で3度も母の名前をフルネームで呼んで、母が難病を克服したことについて紹介してくださいました。母は、かなり興奮しておりました。いい親孝行になったと思います。来年の講演会は、偶然、母の誕生日なのですが、来年も家族で元気で出席できたらと思います。

先生のご講演で心に残ったことは、スキーをやっていて、「木にぶつかる。木にぶるかる。」と木を見て滑ると、木に向かっていてしまいぶつかってしまう。私たちは、自分の影を見て生きてしまいがちだけど、影を見ていると言うことは、お日様を背負って立っていること。くるりとお日様の方に向きを変えてみよう。そして、何があっても「よかったね」と言ってみる。怪我をしても、「よかったね」と。それから、どうしてよかったかについて考えてみる。すると、そのことが知恵となってくる。知識は時に私たちを裏切るけど、知恵は人と人とを愛で結んでくれる。

明日は、歌の本番です。急に気温が下がり、ちょっと寒気がするので、今日は無理をせず、風邪をひかないように体調を整えたいと思います。
posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 09:20| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月06日

「家族サポーター」(カウンセリングの基本はヘレン・ケラーにあると思う理由)

最近のことですが、心の病は、ある方法で10分で治るなどと嘘めいたサイトを目にしました。

そんな魔法のようなことがあるのでしょうか。かなりの眉唾ものでした。

私は、カウンセリングの基本は、ヘレン・ケラーとその家庭教師サリバン先生の関係なのだと思います。

サリバン先生は、三重苦という重い障害のために、野獣のように暴れる少女ヘレンに人生の全てを捧げる決意をしたのでした。そのことで、ヘレンは、世界中の人々に感動を与える偉人へと成長したのでした。

私は、妻とヘレンとサリバン先生と似たような関係を築いています。一生を掛けるつもりで無いと、彼女の心の病とは闘っていけないと思うからです。そして、そうやって共に闘っていくことに大きな価値を見出しています。

そう考えると、カウンセリングで多くの人の心を救うなんて、あり得ないことと言うしかありません。

一つ出来ることがあるとすれば、私のように、愛する人の心の病と一生闘っていこうと決意した人に、良い知恵や情報を与えることならできると思うのです。

カウンセラーは、そういった知恵や情報を持っている人と考えることができますが、一人の人に一生を捧げるような情熱で、多くの人と接することはできません。興奮し、混乱しているクライアント(相談者)の心を静め、落ち着いて考えられる状態を作ってあげるまでで精一杯なのが現実なのではないでしょうか。

そういう意味で、心を病んでいる人の強力なサポーターとなる人をバックアップするという形の「カウンセリング講座」の重要性がこれから高まっていくような気がします。

ちなみに私は、トータル・カウンセリング・スクールでカウンセリングについて学びました。以前は、カウンセラー養成を趣旨にやっていたスクールで、私も上級コースまで履修いたしました。最近では、そういった強力な家族サポータ養成のスクールへと方向性が変わってきているようです。

病気になっている本人が、自分の力で病気を克服するということは、あまりにもキツイことといえます。もし、夫に助けを求めるのなら、夫をカウンセリングスクールに通わせると良いと思うのです。夫に病気への理解をしてもらうことが一番だからです。母親に助けを求めるのなら、母親にカウンセリングスクールに通わせると良いと思うのです。

どうして、「家族サポーター」なのかと思ったのですが、最近、その理由がわかってきたように思います。
posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 11:40| Comment(2) | TrackBack(0) | 心と体 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月02日

24.内なる批判者に気をつける

何か大きなミスを犯した場合、周りの人が協力してくれて難を得るようなことは何度もありました 。

誰も責めていないのに、内なる自分の言葉に傷つき激しく落ち込むことがありました。

皆さんは、そういう体験はありませんか。

私は、不器用な正確なもので、何をやってもビリからのスタートでした。最近は、そういったトラ ウマは克服できているのですが、どうしても笑われて恥ずかしい思いをした記憶が頭をよぎってし まい、成功ではなく、失敗を頭に描いてしまうので上手くいかないのです。

「成功とは、成功を頭にイメージすることで得られる」ということに気が付くのには、随分時間が 掛かりました。

頭にイメージしたことが現実のものとなるのです。良いものであれ、悪いものであれ、頭に描いた イメージが現実を生んでいるのですから。

私の子供の頃は、自閉症気味で元気に乏しい子供でした。それが原因で、クラスの皆のスピードに ついていけず、置いてきぼりになることが多かったのです。悲惨なのは体育の授業で、目立たない 私も、この時ばかりは、ダメすぎて目立ってしまい皆から笑い者の餌食とされました。

笑い者にされれるとされるほど、体が硬直し、失敗のイメージしか浮かばなくなってしまうのです 。

こんなことが長いこと続いているうちに、そんな自分から抜け出せなくなっていきました。

ところが、10歳の時、スキー事故で、あわや左腕切断となるほどの大怪我をしたのです。その時の 体験と恩人達との出会いを通し、積極的な性質を身に付けていくこととなりました。詳しくは、別 の機会にお話します。

わが国は、ある意味でイラクよりも危険な国なのかもしれません。以前に営業の仕事を通してそう 感じました。

毎日、仕事が終わると上司のところに業務報告をしにいかなくてはなりませんでした。その時浴び せられる言葉がなんとも酷いものでした。その頃の私は、割と要領が良くなっていたのですが、待 っている時に、前の人が激しくどやされている声が聞こえてきます。それだけで、胃が痛くなった ものです。

「馬鹿かオマエは。努力してこんなものだったら、人間やめた方がいいんじゃないか」

「契約の取れない営業マンは、虫けら以下だ」

「オマエ、帰りにロープを買って帰れよ。そして首を吊って死んでしまえ」

日本では、1998年以降10年連続で3万人以上の人が自殺しているのだそうです。これは、イラクの戦場で戦死した人の数を超えている数字です。日本は戦争の危険はありませんが、命が粗末にされているというい意味では、戦場と変わりありません。しかも、戦場以上に危険ということになります。

こんな言葉を毎日、毎日、受けていたら、心の中の内なる批判者がどんどん強くなってしまします 。そして、ついには、自分で自分を罰してしまうのです。

内なる批判者に負けないためには、良い結果を出すために全力を尽くすこともあります。私は、そ の方法で乗り切ってきました。仕事が終わってもすぐに帰らずに、目に入る仕事の内容の全てをメ モを取り、その徹底的に調べる。わからないことは先輩に尋ねる。さらには、単語カードなど用い て頭に叩き込むようなこともしました。しかし、10歳以前の内気な自分なら、そうはいかなかった ことでしょう。

殺人者同様の心を持つ上司を哀れ見ることでも良いと思うのです。

『聖書』を読むと上司と自分の立場が逆転していることに気付きます。「自分は間違っていない」 と考えられると、どんな酷い言葉にも耐えることができるようになります。もちろん、『仏典』で も、同じように考えることができると思います。

病気や障害は、決して恥ずかしいことではありません。胸を張って、プライド持って、病気や障害を持っている自分のままでも尊い存在であると考えて、自分を応援することを大切にしていきましょう。

誰かに憎しみの心を向けていると自分が応援できなくなります。周りの人を励ますことができると 、自然と自分を応援できる感覚が掴めるようになると思います。励ますことができないとしても、 憎しみの心を少しずつ捨てていくことで、その感覚は掴めるようになることでしょう。

私が、できるだけ憎しみを捨て、ポジティブなアファメーションを行っているのはそのためです。


命の尊さを第一に考えて、どんなに批判をされても「自分は間違っていない」と考えよう。

内なる批判者を内なる応援者へと変えていこう。

※こののフレーズを10回声に出して唱えると、アファメーション(自分自身に向かって唱える自 己肯定の言葉)効果がありますよ (=^・^=)ノ


参考文献:『自信の法則』 ジェリー・ミンチントン=著 弓場 隆=訳 (ディ スカバー)
posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 17:03| Comment(4) | TrackBack(0) | アファメーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。