2011年03月13日

生きています

11日(金) 午前中、歩行困難な母の精密検査のため、妻と2箇所の病院を回る。
午後2時46分 大地震起こる。これまでの人生では体験したことの無いもの凄い揺れだった。まもなく停電。水道は使える。
プロパンガスも使える。ラジオの情報から、やがて断水になると聞き、20リットルのポリタンク4個に水を入れる。携帯の電話もメールもパンク状態で繋がらない。塾生にも、沿岸部に住んでいる親戚とも通じなかった。
食料は、買ったばかりで十分にあった。車のガソリンは私の車は、 ほとんど無い状態だったが、父の車は入れたばかりで十分あった。
夜は、ローソクの光で過ごす。単三電池で動くラジオが2台あり、それで情報を得る。電池は、リモコンや壁時計の電池を外して集めて十分確保できた。懐中電灯は、単四電池で動くものが2個あり、同様に集めて十分確保できた。
被害の大きい沿岸に親戚がいるので、被害状況の報道と、約1時間おきの余震のため夜も眠れず。

12日(土) 午前中、妻がスーパーで食料の買出しに行く。かなり並んだとのこと。また、災害用の食料の販売に限られていたのだとか、どの店も、売り切れて終了するか、停電なので、日没で販売を終了していた。
午後3時40分、断水となる。トイレの水は、風呂場の水をタンクに注ぐことで流すことができた。私は、15日締切の仕事を半分終えてから、ガソリンの給油に行ったのだが、並んでいる車の最後尾を見つけるのが大変で、3キロほどの列となっていた。もし並んでも、自分の番が来る前に売り切れになるか、ガス欠に陥るかと考えて断念する。しばらくは父の車を借りることにする。
夜は、昨日に引き続き、ローソクの光で過ごす。ラジオだけが情報のすべてであるが、被害状況のすさまじさと、続く余震のため、なかなか寝付けなかった。

13日(日) 午前 父と妻が、山岸活動センターで給水を受ける(20リットルタンク)。けっこう並んだのだとか、給水タンクがなくなると、次のタンクが到着するまで約1時間待つのだとか。私は、15日締切の仕事の残りをほぼ終える。震災で亡くなっていた叔母さんの安否をそこで知ったのだとか。
午後11時50分 電気が復旧午後13時頃〜15時頃 震災で亡くなっていたと思っていた叔母さん(90歳)が、盛岡の病院で治療を受けていて助かっていた。娘のところに身を寄せていたことが分かり、家族全員で面会に行く。帰宅後、水道も復旧していた。ただ、震度3程度の余震は、まだまだ続いている。


今回の地震は、マグニチュード9.0 世界最大級のもの。長さ400キロに渡る津波だったとのこと。岩手だけでも4万6千528人の避難民。東北6県では37万7千人。死者不明は、2100人超。安否不明は1万人を越えているのだとか。


災害時は、デジタル機器は全く役に立たず、アナログ機、しかもローテクなものが頼りになることを知った。


災害で必要だったもの

・懐中電灯
・AMラジオ
・単三電池、単四電池 ※リモコンや壁時計の電池を外して調達。
・ろうそく
・給水用ポリタンク(コック付き) ※震災後水が出るなら、すぐに入れて蓄えておく。
・乾パン ※プロパンガスは使えるが、燃料切れとなった際に必要になる。
・反射式石油ストーブ ※今回は、これが無かったゆえ、寒さが厳しかった。
・携帯電話 ※自動車のシガー充電か、コンビニで売っている充電器が必要。今回は、どちらも無かった。
・カセット・コンロとスペアのカセット・ボンベ ※都市ガスの世帯では必要。
・キシリトールガム ※水不足で歯磨きができない場合の虫歯予防対策。
・カップめん、レトルト食品
・紙皿 ※皿洗いの水が不足しているので、今回は、皿にラップをかけて使用して、使用後にラップだけを捨てる方法を行った。


ご心配をお掛けしました。
ようやく電気が使えるようになりましたが、生活が落ち着くまでは時間が掛かりそうです m(__)m



宮古、石浜の親戚の安否が不明です。ようやく電気が通じるようになって、ネットでの捜索をはじめましたが、何も得られていません。現場の道路状況が良くないことと、ガソリンスタンドがパニック状態で給油ができず、何ともならない状態にあります。海外からもレスキュー隊が来ているとのこと、無事をひたすら祈るしかありません。情報に耳を傾けながら、今何ができるか判断していきたいと思います。(3月14日13:25)


posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 16:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月09日

人生に白旗を揚げる

今朝、目覚める少し前、聖なる女性が脳裏に現れて、

あなたは、随分疲れているようですね。

と、話しかけてきた。

私が、上手くいかない現状を話すと。悲しそうな表情で聞いてくださった。

私が、人生に白旗を揚げるしかありません。

そういうと、その方は、微笑みながら、

そのお言葉を待っていました。それでいいのです。

と、話された。

この方は、以前にも私の脳裏に現れて、いろいろアドバイスしてくださったことがあった。

私は、そのアドバイスを守るどころか、大いに裏切ってきた感じがする。それなのに、その方は、全く私を責めることをしなかった。

話をしていて、とにかく心地よかった。なぜ心地よいかといえば、私の魂のレベルで話をしてくださったからだと思う。

死後でもいいから、こんな方と共に仕事をしたいとさえ思った。すると、その方から、

あなたはいずれ私たちと共に仕事をするのですから、そのことを片時も忘れずに生活しなさい。

と、話された。それから、普段の言葉に置き換えては話せないような、素晴らしい話をいっぱい聞かせていただいた。

では、私が他者と話をする時に、この方のように、相手の魂のレベルに合わせて話をしているだろうか。そう考えると反省することばかりだった。また、相手が自分の期待を裏切ったときに、責めたりしなかっただろうかということについても反省することばかりだった。

その方が、

真理を語るときは慎重になさい。神の視点は、ひたすら見守ることですよ。

そして、

真意に生きるなら、もうだいじょうぶ。何の不安も持つことはありません。

と、話された意味が理解できた。

これからは、自分は人生に白旗を揚げた者であることを日々繰り返し問いながら、自己中心の考え方ではなく、真意に従って生きていこうと決意した。

posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 19:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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