2012年06月19日

今日の収穫

私は、自宅から車で10分ほどのところのお百姓さんから畑を借りて農業をしています。

今日は(正確には昨日)、妻と母と畑に行きました。母は人の手を借りないと歩けない状態なので、、夫婦で収穫した野菜の根をハサミで切る作業を手伝ってもらいました。ジャガイモに花が咲いていました。

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今日の収穫は、サニーレタス、ほうれん草、ラディッシュです。

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サニーレタスは、葉をちぎって収穫します。昨年もそうでしたが、ちぎったところから、また葉が生えてくるので、長いこと収穫を楽しめます。毎朝、レタスのサラダが楽しめそうです。

ラディシュは、異常なほどできました。これは食べきれない量なので、知人友人恩人に、おすそ分けしようと思います。

農業の後で、自宅から車で10分ほどのところにある七滝神社の天然水を汲みにいきました。その昔、藩政時代に南部の殿様に献上していた天然水なのだとか。東京での歌の先生からのお勧めで、家族で天然水を飲むようになりました。特に、この天然水でのお茶は美味しいです。

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20リットルのポリタンク5個に汲んできているのですが、4個無くなったら汲みにくるようにしています。ポリタンクには、黒いゴミ袋を掛けて悪くならないように工夫しています。

昨年の東日本大震災の時、我が家では、停電の他、断水にもなりましたが、この天然水があったので、水で困りませんでした。さらに我が家の健康の源でもあります。感謝の水です。



そうそう、16日夜のテレビ番組で、TEPPENをやっていましたが、AKBの仁藤萌乃ちゃん(19)が、書道 初代てっぺんとなりました。今年3月、盛岡市民文化ホール展示ホールにて100歳の詩人・柴田トヨ「くじけないで」展(http://shibatatoyo-kujikenaide.jp/)が開催されましたが、その作品の中に仁藤萌乃ちゃんの「自分に」という作品がありました。

この作品を手本に、うちの書道塾の塾生全員に書いてもらいました。萌乃ちゃんの作品には、挿絵は無いのですが、塾生には挿絵も描いてもらいました。つまり、萌乃ちゃんの作品から引き出された発想力を作品にしてもらったのです。全員名作を書いたので驚きでした。しかも、子どもたちは楽しそうに書いていました。こんなに楽しそうに書くことは今まで無かったように思います。親御さんの評判もよく、中には、額に入れて飾っているご家庭もあるとのことでした。

そういうこともあったので、今年のAKB総選挙は、仁藤萌乃ちゃんのことが気になってしょうがありませんでした。第一回目の開票では圏外でしたが、最終的には55位となりました。もし、総選挙がTEPPENの後だったら、もっともっと上の結果となっていたような気がします。とても、かっこよかったです。これからも、塾を上げて応援していきたいと思います。萌乃ちゃんには、これからも書道でも活躍して欲しいと思います。


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posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 05:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 農業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月08日

書道塾の役割を考える

書道教師として心掛けていることは、お稽古の時間、一人一人のお子さんに120パーセントのエネルギーで接するということである。一切、手を抜かない。ここが大事だと思うのだ。

子ども3人から、一度に声をかけられたら、かけられた順番に、「はい、○○ちゃん」と、その子の声の色で声を返してやる。そして、「○○ちゃん、○○ちゃん、○○ちゃんの順番に添削するから待っててね」と言った具合で指示を出す。ここを面倒ぐさがると、子どもたちは付いてこない。薄ら返事は禁物なのだ。

ご家庭での躾のできていない子への対応としては、「やだ、もう書きたくない」と言ってから、何枚書かせるかが教師の腕である。「仕事のできる大人になりたかったら、ここからが勝負だよ。でないと、嫌な仕事は投げ出す大人になっちゃうよ。嫌なときに頑張れる人が偉いんだ。」などと子どもを説得し、書かせる。字が上手い下手なんて関係なし。取り組む姿勢を大げさな位に評価する。「○○ちゃん、あなたは書きたくないと言ってから、10枚も書いたじゃない。これは凄いことだよ。偉いことなんだ。」と褒めちぎる。こういう子に限って、家庭でも、学校でも叱られてばかりで、褒められた体験が少ないのである。褒められることに快感を感じるようになると、静かにお習字に取り組めるようになっていくのだ。

ご家庭での躾のできていない子に、「級が上がるから頑張れ」は通用しない。「いいもん、級なんて上がらなくて」とか、本心とは違う言葉が返ってくる。彼らには、賞状の価値もわからない。せっかく取った賞状も、「どうせ賞状なんて捨ててしまうから、取る意味なんて無いもん」と返事が帰って来る。躾のできているご家庭なら、賞状をとったことを祝ってくれて、かつ額に入れて飾ってくれるところなのだが、この子らの親は、何もしてくれないのだ。そこで、賞状をコピーし、塾に貼っている。塾で大いに祝うようにしている。「大丈夫、あなたの賞状は、ちゃんと塾に飾ってあるから、いつまでも飾ってあげるからね」と答える。

塾の教育は、そういったご家庭や学校で手の届かない手当てをすることにあると考えている。もちろん、ご家庭での躾のできているお子さんには、「級が上がるから頑張れ」「賞が取れるように頑張れ」が通用するので、そういった激励を飛ばしている。

ご家庭での躾のできていない子は、油断すると大騒ぎして他のお子さんの指導も妨害しかねない。ある子は、他の子に酷い意地悪をすることがある。そういう時は、一旦、お稽古を中断し、子どもたちととことん話し合うようにしている。すると、意地悪した原因が浮き彫りになっていく。朝にお父さんお母さんに意味無く怒られ、学校でも先生に悪いことをしたと疑われて怒られた。だからむしゃくしゃして誰かに当たりたくなった。はじめに言っていた意地悪の理由とは全く違った理由を話し始める。そういうときは、涙を流し、声をしゃくらせて話すのだ。「私は、どうせ悪い子だから」と話すので、「悪い子ではないよ。偉い子だよ。だって、悔しい気持を正直に先生に話したじゃない。悪いことに気がつける人って一番偉いんだよ。悪いことをしても、悪いことに気付かない人が多いんだからね。」そうすると、この子は、いじめた子に「ごめんなさい」と謝まるのである。そうしたら、さらに褒めちぎってあげるのだ。これは、いじめられた子にも良い学習になるのである。子ども同士のトラブルこそ、生きた道徳教育のタイミングと考えて、そのタイミングを逃さないことも教育だと考えている。

ご家庭での躾のできている子には、書道のいろいろな作品を見せて、鑑賞法を伝授する。子どもが感動した感じが掴めたら、書きたいように書かせてみる。そういった芸術性の扉を開く教育も展開している。一人一人、指導テーマが異なるので、全力で当たらないとうまくいかない。子どもたちは、全力で当たると、良い形で答えてくれるのだ。

この姿勢は、私の歌の師匠である、奥田良三先生と高橋洋子先生から学んだことである。両先生は、レッスン時間、全力で私に指導してくださった。まったく手を抜かないレッスンである。威張ることもなく、私を見下げることもない。逃げ出したくなるほど、集中した時間なのだが、愛情がビシビシ伝わってくるので逃げ出せない。そこでのレッスンが私の心の財産となっているのである。いつも、両先生のイメージを手本に指導を心掛けている。


今日は、とあるカトリック信者さんの葬儀ミサで歌う予定である。歌を歌うとき、その時間に全力を尽くす。そこには一点の雑念も存在しない。とても清い時間なのである。私が、少なからずも声楽の演奏で評価を得てきたのは、そこにあるように思う。全力で取り組むことが、感動を生むのである。歌の技術だけではないような気がする。心が抜けていると、どんなに良い声でも伝わらないのである。今日は、亡くなった信者さんの素晴らしき人生を素晴らしき楽曲の中に凝縮するつもりで歌わせていただきたいと思っている。



posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 04:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 書道教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月03日

スーちゃん、今年も復活

北日本大震災の被害者に心を向けたメッセージを最後に、2011年4月21日にがんで亡くなられてた、伝説のアイドルグループ、キャンディーズのスーちゃんこと田中好子さん。

2011年3月29日の映像では、呼吸困難の状態にも関わらず、被災地に心を寄せてくださり、「私も一生懸命病気と闘ってきましたが、もしかすると負けてしまうかもしれません。でもそのときは、必ず天国で被災された方のお役に立ちたいと思います。それが私の勤めと思っています。」と話され、テレビ越しに多くの人に感動を与えてくれました。

私は、昨年の第40回盛岡芸術祭声楽部門演奏会に引き続き、今年も募金箱と当日の受付係が担当でした。

今年も、私の書道塾に通う、滝沢村立鵜飼小学校の児童たちと、盛岡市立高松小学校の児童たちに、募金箱にキャンディーズを描いてもらいました。また、復興をテーマとする絵を描いてもらいました。

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そして、昨日6月2日(土)、「東日本大震災復興支援 第41回盛岡芸術祭声楽部門演奏会 新しい息吹とともに(その22)」 場所:盛岡市民文化ホール小ホール 開演:13時30分 本番の日がやってきました。

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お客様の入りは174名と少なかったものの、募金の方は40,037円とたくさん集まりました。スーちゃんこと田中好子さんには、今年も、子どもたちによる募金箱を通して天国から活躍していただきました。これは、岩手日報社を通して、被災地に届けられます。

盛岡市民文化ホール小ホールは、パイプオルガンが設置されている、クラシック専用ホールで、残響が長めなので頑張らなくても十分に声が響きます。前半の方々は、歌声もピアノ伴奏も音量が大きすぎてバランスに欠いていたのですが、第二部あたりから、落ち着いた演奏になってきたように思いました。このホールは、歌声もピアノ伴奏もセーブすることが重要なようです。

今年も会場の受付係だったので、会場で聴くことはできませんでしたが、会場と変わりないような音量でロビーのモニターから演奏が流れていたので十分楽しめました。

特に印象に残ったのは、まず1曲目は、第二部(一般の部)の先頭バッターの穂積佳穂子さん(メゾソプラノ)によるカッチーニ作曲「Amarilli」、スカルラッティ作曲「Sento nel core」でした。Sento nel coreは、イタリア歌曲の中でも入門者によって歌われることが多いので、下手な演奏のイメージしかなく、大人の雰囲気でしっかりと歌われると、今までのイメージが払拭される新鮮な演奏に感動しました。

もう一つの感動は、トリを歌われた千田敬之さん(バスバリトン)によるメンデルスゾーン作曲「オラトリオ〈エリア〉作品70より 主よ足れり」、ワーグナー作曲「歌劇〈タンホイザー〉より 夕星の歌」でした。なんとも男性的でカッコいいお声で、ものすごく二枚目なお声だと思いました。ピアノ伴奏は奥様なそうです。何で彼は盛岡にいるのだろうか。海外で活躍していてもおかしくない方だと思いました。帰りに募金箱に募金をしてくださった方も多かったので、彼の歌の効果はあったと思いました。

もし来年の盛岡芸術祭で私が歌うとすれば、第二部の2番手位がちょうどいいかな。千田敬之さんのような方に歌われてしまうと、トリなど、まだまだ全くもって無理だと思いました。歌いたい曲は、ラテン語の曲2曲。フランクの天使のパン、ビゼーの神の子羊と、高橋洋子先生の詩によるシューベルトのアヴェ・マリアの3曲はどうかなと考えているところです。

今年の秋、敬老の日のミサの後で、地下ホールにて(カトリック四ツ家教会)、美空ひばりの演目によるミニコンサートを行うオファーがあります。書道の臨書ではありませんが、こういった素晴らしい歌い手の演奏を真似て歌うことはとても勉強になるので、楽しみにしています。

書道の方では最近、王義之とチョ遂良の臨書にはまっています。石碑通りオリジナルに忠実に書くことで、こういった書聖たちの世界に引き込まれていくのです。そこでの発見が、創作活動になくてなならない材料となるのです。



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posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 10:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 声楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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