2008年08月02日

優しさの裏側にあるもの

これは自己分析なのですが、私の優しさにはかなり問題があると、最近になって感じられるようになりました。

というのは、私の場合、20代の前半と30代に、何人もの女性たちから、心が痛むような存在を否定する言葉を浴びせられたからです。

何度も自殺を考えました。また自暴自棄に陥りそうにもなりました。自分ながら良く耐え抜いたと思います。

その結果、私は、他人に優しく接するようになりました。正しくは、優しくせずにはいられないという感じでしょうか。

しかし、残念ながら、それは本当の優しさではありません。

心の中に存在し根を張っている恨みが、「自分はこうして欲しかった」という心の叫びがそうさせているからです。

この優しさは、相手のためにも自分のためにもならない優しさです。

本当の優しさには、相手が良くなることを願う気持ちが中心にあります。それゆえ、時には厳しいことも言わなくてはなりません。または、相手のために、あえて手を貸さずに見守ることもあることでしょう。

私の心の中には、そういった恨みの念があり、それゆえの優しさゆえ、本物とはいえないのです。その恨みを完全に手放してこそ、本当の優しさを得ることができると考えています。

では、どうしたら、恨みを手放せるのか。

私は、アファメーションの技法を用いています。つまり、繰り返し繰り返しポジティブな言葉を唱えて、潜在意識をクリーニングするやり方です。

朝に、瞑想をするのですが、16分間、「ありがとう。感謝します。愛しています。」という言葉をひたすら唱えます。その言葉以外のことは、頭に浮かばないようにします。ある意味で「無」の境地と言えるのかもしれません。時間を忘れてしまうので、携帯電話のタイマーをセットしてから瞑想に入ります。

この行によって、本当の優しさを得たいと思います。


posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 14:57| Comment(0) | TrackBack(0) | アファメーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。