2008年08月19日

31.リラックスする

そもそも、人はどうして疲れるのだろうか。

あることを成し遂げるため、友人との義理を欠き、家庭のことに背を向け、作った時間。そういう時間で、良い証を得たことは意外と少ない。

逆に、友人との約束を果たし、家族との約束を果たし、少ない時間で集中してやった時の方が、よい証を得ているように思う。

なぜだろう?

前の記事に書いたことだけど、前者は1馬力での仕事。後者は10馬力での仕事なのかもしれない。

できない人は、あれもこれもできないし、できる人は、あれもこれもできるのが現実なような気がする。

その分かれ目は、自分のためにやることか、他者のためにやることかの違いなのだと思う。

自分だけのためにする仕事は、神の祝福を得られにくい。他者のためにする仕事は、神の祝福が得られやすい。

そう考えると、他者の喜ぶ姿をイメージして仕事に取り組んだ方が、良い結果が出そうな気がする。

さらに、自分のために仕事をする人は疲れやすく、他者のために仕事をする人は、疲れにくい。どうせ仕事をするなら、「共に働く人のために」と考えてしたいものである。

と書いている私は、情けなくも疲れやすい方なので、よくリラックスをしに行く。日帰り温泉に行ったり、指圧に通ったりもしている。

しかし、なかなか疲れが癒えない。

最近になって、大切なことに気が付くことができた。他者のために生きることが、疲れないことなのだと。そして、愛する人たちの笑顔が、何より一番癒されるということを。

最高のリラックスとは、愛によって癒されることではないだろうか。それは、利己的な愛ではなく、ひたすら与える愛。神の使命(祝福された運命)からくる愛。そういった愛に生きていると疲れにくいし、疲れが癒される。

私利私欲のみに生きることはもうやめよう。

神に祝福された生き方へと、少しずつチェンジしていきたい。


他者のために生きること。神の愛に生きることで、疲れにくい体質を築いていこう。
神の祝福を得た生き方は、強い癒しの得られる生き方なのだと信じていこう。





■潜在意識(無意識)をクリーニングするために■

現代は、テレビやインターネット等を通して、無意識のうちに心を汚す言葉が入ってきてしまいます。これは、逃れられない現実でもあります。無意識が汚れると、意識の力だけでは自分をしっかり保つことが困難となってしまいます。

そこで、

信号待ちの数十秒でもいいです。ちょっとした空き時間を見つけたなら、

「ありがとう。感謝します。愛しています。」

の言葉をひたすら心の中で繰り返し唱えるのです。潜在意識(無意識)の中にその言葉が満たされていき、明るい考え方ができるようになります。唱えると唱えるだけ、元気を取り戻す力が湧いてくるので不思議です。 私は、100円ショップで売っているカウンターで、唱えた回数を手帳に記録しています。記録を付けると、励みになっていいですよ。


posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 16:54| Comment(4) | TrackBack(0) | アファメーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
しろねこさん
お久しぶりです。
私も、小さいことですが、スーパーのレジとか、思わぬよいものを紹介してくれた店員さんとかに意識して、ありがとうございますを伝える努力をしています。
私はまだまだ「神の愛に生きる」という域には達していないけれど、意識的に感謝を伝える努力ならできるかなと思っています。
暗いニュースならいくらでも入ってきますけれど、そんなときに「大丈夫」と自分に暗示をかけられたらと思います。
Posted by カモミール at 2008年08月23日 19:40
カモミールさん、コメントありがとうございます。
しろねこは、無意識でネガティブな思いになりやすい自分の性質にふと気が付きました。ポジティブな言葉を繰り返し唱えるようになってからは、無意識で、二つの方向性の選択ができるようになりました。時々、今までどおりの選択をしてしまうことがありますが、無意識がよい方向性が持てるようトレーニングしていこうと思います。

しろねこも、カモミールさんに見習って、スーパーのレジなどで、心を込めて「ありがとうございます」を伝える努力をしたいと思います。
感謝を込めて (=^・^=)ノ
Posted by 盛岡のしろねこ at 2008年08月24日 07:19
ご無沙汰しています
按摩の授業で、全盲の先生に「もっと胸をはってあるきなさい」
とよく言われます。それは私の姿勢から、自信なさげでいつもこわばっていることを、触診(?)でわかるのでしょう。
人のために何かをするということは大変難しいことですよね。
学校にいると、当然障害の程度が自分よりおもかったり、十字架がおもかったりする人がいるのですがどうしても
「なんで私がこの人のために・・・」
と思わなくもないんですよ。
でも実技のときに、いくら施術で疲れたりしても
「気持ちよかった」
「上達しているね」
といわれると、人のためとはいえ、嬉しくなり、次回からもまたがんばろうとおもえるようになります。
不思議です。
Posted by ちゃこ at 2008年08月24日 20:01
ちゃこさん、コメントありがとう。
しろねこは、苦しいスランプ状態にありますが、コメントから元気をいただきました。
その調子で、頑張ってくださいね。
応援しています。

しろねこは、9月23日(火・祝)14時開演(開場13時30分) 岩手県民会館 中ホールにて行われる「J.S.バッハの午後」にバスソロとコーラスで出演します。演目は、カンタータ 第78番「イエスよ、あなたは私の魂を」ほか、です(会券900円)

もし、よろしければ聴きにきてくださいね (=^・^=)ノ
Posted by 盛岡のしろねこ at 2008年08月25日 18:35
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