2009年02月23日

自然の波動

昨日の夕時、妻とイオン盛岡南ショッピングセンター3階のサンマルクカフェで、とても有益な話をする時を得ることができました。

このお店は、活気溢れるイオンの中にあって一番静かな空間で、BOSEのスピーカーから流れるジャズの音楽が心地よく、私は、読書をするため、時々足を運んでいるお店です。

その帰りに、同じフロアにあるエスニックショップに立ち寄りました。

そこには、メキシコの手芸品をメインに、世界各地のお守りグッズなどが売られていました。

いろいろ眺めていて、私は馬に乗ったインディアンの写真の前で、つい立ち止まってしまいました。

それは不思議な感覚ではありました。懐かしさとも違う、自分の中で何か失っているものを取り戻そうと身体が欲しているかのような強い衝動でした。写真の前で動けなくなってしまい、インディアンの生活について思い巡らすことになりました。

自然の中に神が宿り、自然の恵みに感謝の気持ちを忘れることなく生きてきた彼らの生き方にこそ、信仰の原点とでもいうのか、真実の知恵が隠されているように感じられました。

それから少しして、今度はメキシコの手芸品に目を向けて手に取ってみたところ、不思議にも心が安らいでいる自分に気が付きました。

私は、ギリシャの文化にとても惹かれていて、あの白い建物の風景をこよなく愛している者でもあります。

あの白い色は、自然を引き立てる色なのだと思います。迫ってくるようなエーゲ海の青い海、そして、白い建物の風景とのコントラストにより、美しく輝く木々の緑には、みずみずしさを感じられます。その風景からは、「自然の波動」がビシビシ感じ取られるのです。

さて、メキシコの風景をイメージしてみると、ギリシャのような海の青さや、木々の緑のみずみずしさは感じられなくなります。高地特有の風景。サボテンの生い茂る乾いた空気の土地柄からは、ギリシャのような強い「自然の波動」は感じられません。

ところが、カラフルなメキシコの手芸品を手にとって見ていると、その乾いた空気を十分に補うだけの、「自然の波動」が感じ取られたのです。

カラフルで派手な原色に、天然の色ゆえに持っている「自然の波動」が強く感じらたのです。しかも、その手芸品には、人の手のぬくもりによる優しさ感じられてなりませんでした。

ギリシャとメキシコは、色彩がまるで正反対のようで、実は、「自然の波動」を大切にするという意味では、同じ思想が流れていることに、ふと気が付いたのです。

つまり、ギリシャの色彩もメキシコの色彩も、正反対のようでいて、それぞれの土地柄の中で「自然の波動」を味わおうとする、それぞれの先人達の素晴しい知恵が感じられてなりませんでした。

そう考えると、日本には、あらゆる色が溢れているけれど、いかに偽物の色が多いのでしょうか。天然の色ではなく、人工の色ばかりだからです。

自然の色だけが持つ、身体へ良い影響を与える波動が確実にあることを、ふと立ち寄ったエスニックショップで体験的に感じ取ることができたように思います。

昨年、歌の発声法の師匠でもある高橋洋子先生から、ヴォイス・チューニングについて学ぶ機会を得ました。

これは、ピアノのオクターブを構成する12音と、それぞれの音に対応する自然の色、さらには背骨に沿って位置している自律神経と連動しているチャクラ(東洋医学で言う「つぼ」のようなもの)とを関連付けていくというレッスンでした。

慣れてくると、チャクラが開かれていく感覚が得られ、声が倍音で響く発声が得られるというものです。これは、自分自身の健康法としての発声法であるばかりでなく、人前で歌う際、聴き手の心を癒す歌唱法にも繋がるもので、私にはとても有益なレッスンでした。

人間の歌声、そして電気の伴わないクラシック音楽の楽器の調べにも「自然の波動」があるのだと思います。

日本においては、音楽においても、偽物の音が溢れている感じがしてなりません。携帯電話の着信音や盲人用信号機の音、電車の発車メロディなど、あのような音が増えては、現代人の心は癒されないと思うのです。そういった音も自然音に変えていくならば、自殺を食い止める方法の一つになるように思います。

もう一つ、馬に乗ったインディアンの写真を見ていて考えたことなのですが、ガソリン車を電気自動車に変えたとしても、深刻な自然破壊は止められないと思うのです。いっそのこと、車を馬に変えた方が地球の健康を回復させる解決策になるように思うのです。スクールバスは、スクール馬車に、長距離トラックは、長距離馬車に…

アメリカ合衆国のペンシルバニア州やオハイオ州などに居住するアーミッシュと呼ばれる人々は、現在でも、キリスト教信仰(ルター派)を背景に、電気を使用せず、18世紀精神と文化のままで生活しています。私はこれまで、彼らは時代遅れの人々としか考えていませんでしたが、最近になって地球の温暖化が深刻なほどに加速しており、このままでは数年後には北極の氷が融け、ホッキョクグマの絶滅も危惧されるような状況ゆえ、別に飛躍した考え方とも言えないように思うのです。

自動車が馬に変わることで、時間もゆっくり流れるようになり、人間的な生活が回復し、幸せを感じる心のゆとりも増えるので、自殺者や、さらには犯罪者も激減することでしょう。多分、今の日本においては無理な話だと思いますが、どこかモデルになる国を作るために日本人が働くことはできるように思います。

昨日、ふと立ち寄ったエスニックショップで、、自然色の持つ波動の素晴しさ。さらには、自然音の持つ波動の素晴しさや、文明を捨てることによってもたらされる明るい未来についても考えることができました。

それは、実に不思議な時間でした。


posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 17:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 心と体 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。