2006年09月23日

災害大国日本

しろねこは、仏教の檀家を守っているクリスチャンだけど、クリスチャンとは飾り物でも肩書きではない筈。

洗礼証書もパソコン検定の証書も同じようなもの。生かさなくては意味がありません。

クリスチャンとして、何をするべきか?

キリスト教なら、『聖書』を買ってくれば、なにも教会なんぞ行かなくたって、その精神を学ぶこと ができる筈。『仏典』も買えば、キリスト教と仏教と、両方学ぶことだってできますよね。

では、組織のある意味ってなんだろう?

日本は自然災害が多い国です。

テレビで台風13号や竜巻の被害を見ていて思いました。
家を失った人に電気や、水の止まっている人に、1分でも早く、必要な物資を届ける事。被災者が気が弱くならないよう、電池(または手動式バッテリー)で音楽が聴けるラジカセのようなものを貸し出すというのも良いのかもしれません。

5年後、10年後といったものではなくて、「すぐに」の部分を重要視しています。
5年も10年も断食できませんから…
災害だけでなく、食べられない人を見つけたという報告があったなら「すぐに」出動。

こういったことも、教会の存在理由の一つではないかと考えました。

カリタスジャパンのHPを開いて見みました。新潟中越自身支援報告があるぞ。アムネスティは、海外の難民を支援する団体なのかな?

毎週、教会に通って祈って帰ってくるだけって凄いマンネリだと思うんですね。しろねこも、そっちの側の人間だったもので反省しています。時間が取れなかったなら、お金を出す。お金が出せないのなら、(お金を貰って)身体を使って奉仕する。世の中を明るくする活動にクリスチャンの存在価値があると思うんです。

どんなに祈っても行動に移さなくては、相手のために、何の力にもなっていないわけですし…

しろねこは、そういったボランティア活動に参加してこなかったので、残念ながら疎いところがあります。今回の災害では随分考えさせられました。

1分でも早く、物資を届けるためには、日頃から体制を整えていなくてはできないことです。そう考えると、組織って重要ですよね。

カトリック教会では、そういった活動が盛んなようで。これから、探して見ようと思います。

しろねこの尊敬するマハトマ・ガンジーは、『聖書』書かれている「非暴力の精神」を、自らがヒン ズー教の最下層のハリジャンの姿となって、さらには敬虔なヒンズー教徒となることで民の信頼を得 、インドを独立へと導きました。
もう一人、しろねこが尊敬しているマザー・テレサは、同じくインドが舞台ですが、道に倒れている瀕死の人たちを施設に連れてきては人間的な臨終が遂げられるようにしたり、身寄りのない子供たちの世話をするなど、愛に溢れた活動を展開しました。彼女は、誇り高きインド人誰一人に洗礼を授けませんでした 。しかし、生きた神の愛を多くの人に伝えました。

しろねこは、日本に生きています。ここは、ヨーロッパでもアメリカでもありません。ガンジーやマザーのように、今生きている場所を大切に、共に生きている人を大切に、愛そのものを伝える活動を していきたいものだと思います。

最近、教会にうつ病の人が目立ってきました。教会が求められてきているのかもしれません。
信徒は、聖書の知識も大切だけど、カウンセリングの知識も身につける必要があるのかもしれません。

なーんて大きいこと書いちゃったけどね。

しろねこの場合、そういった活動をする前に、まずは収入を安定させねば (^_^;)


posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 15:09| Comment(6) | TrackBack(2) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
しろねこさん、こんばんは〜(^o^)

私も将来、何かのボランティアをやりたいと思っているんです。
以前自分のブログにも書いたんですけど、お年よりの方がお揃いの蛍光カラーのベストや腕章を着けて小学生の登下校のサポートをやっていらっしゃるのを見て、「わ〜♪私も将来こう言う事を進んでやるようにしたいなぁ」って思ったんです。
ペット関係のボランティアにも携わりたいんです。
しろねこさんが書いていらっしゃる通り、ボランティアってまず自分が安定した環境に居ないとできないことなんですよね。
金銭、時間、心に余裕があってこそ続けていけるんだと思います。
私は今、子供の教育にお金がかかる時期なので、フルタイムで働く必要がありますが、この先是非ボランティアに参加したいと思っていまーす♪頑張りましょうね!!


Posted by かばみー♪ at 2006年09月23日 20:00
かばみー♪さん、コメントありがとう
しろねこも、ボランティア活動をされている素敵なお年寄りに憧れを抱いているんです。自分もそういう老人になりたいってね。
現在は、かばみー♪さんと同じく、フルタイムで働く必用があるので、厳しいかも。でも、頑張って働いて、せめてお金の面でも活動を援助したいです。そして、いつかは…
同じ目標を持つ人に出会えて、とても嬉しく思います (=^・^=)ノ
Posted by 盛岡のしろねこ at 2006年09月24日 12:20
読んで、ちょっと反省しましたよー。
最近、わが道を行くことが多くなったワタシだけど
それ以降、相手のために、って思うことが少なくなってしまったかも…
以前は、まず自分のことより相手のことを考えてたような気がするんですけどね。
それをしてたら、ガマンが多くなって疲れちゃったというか。
いい人 っぽいフリをしてたので。
それで、今みたいにちょっとわが道行くようになっちゃったんだけど
これも、行き過ぎないようにしなくちゃ。

まずは、自分にゆとり持てるように、充実してるようにしたいと思います(^ー^)ノ

Posted by yun at 2006年09月24日 20:57
自分に出来ることってなんだろうなっていつも考えさせられます。かつて、私はキャパシティーをこえる奉仕をして自滅したことがあるのです。
ボランティアにしてもそうですが、無理なくできることが大事ですよね。
今の自分の置かれた環境の中で、自分のできることを、無理なくしていきたいですね。
Posted by マナ at 2006年09月24日 21:36
yunさん、コメントありがとう
いい人っぽいフリして、疲れちゃう。そこなんですね。
しろねこも同感です。
わが道を行く、飄々と生きる。これは猫道の鉄則なんで、「良い事もさりげなく」こなしたいです。
昨日は、のらねこに2匹、ペットセンターで8匹の計10匹のねこを見られてハッピーでした (=^・^=)ノ
Posted by 盛岡のしろねこ at 2006年09月25日 07:12
マナさん、コメントありがとう
しろねこは、教会への献金が払えない状況なので、電話番をしたり、お掃除をしたり、独唱をしたり… 労力による奉仕をしています。「これをしなくてはいけない」ではなくて、「何ができるか」が大切だと思い、そういった空気を教会に広めていこうと考えているんです。発言をすると、「なら、お前がやれ」と責任を押し付ける人が目立つのですが、こういう風潮も壊したいですね。どんな小さなことでもいいから、全員が参加できる奉仕でなくては意味がないと思うから…
ボランティアも、「何ができるか」が大切ですね。無理をして家庭崩壊した信者さんを何人も知っています。無理をせず、無視もせずでいきたいです。
Posted by 盛岡のしろねこ at 2006年09月25日 07:23
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