私たちは、元気な時には、神を感じることが出来ない。
しかし、
苦しむ時、悲しむ時、悩む時、迷っている時、不安な時、
行き先のない、やる気の持てない、喜びの持てない、
そんな時こそ、「神に支えられている」体験が持てるのだ。
墓に落ち込んでいる状態の時、
「墓に留まっていてはいけない。生きるために、墓から出てきなさい。」
そう神から呼ばれているのだ。
神を信頼して歩き出そう。神と共に生きていこう。
洗礼を受ける時、キリスト者は、
「あらゆる罪を退けます」
と誓う。
「キリストの教えと愛を信じます」
と誓う。
しかし、いつの間にか、その誓いも色あせ、心の清さを保てなくなる。
イースターは、初心に戻り、求道者に戻り、
「誓いを更新する日」でもある。
キリストだけがパン種とするため、パン種の入らない、純粋な真実なパン(ご聖体)で、イースターを祝うのです。古いパン種(邪悪な心)を取り除く意味でもある。
イースターとは清めの日なのである。
イースターミサの後、地下ホールでイースター祝賀会が行われましたが、私は、頼まれていた独唱をしました。練習が不十分で、伴奏と歌がかみ合っていないのが残念でしたが、全力で歌ったので、感動してくださった方が多かったようでした。ろくに練習もしていないのに、本番では随分攻めた歌い方をしたものです。聴き手に専門家がいなかったのが救いでした。
Ave Maria G.Caccini
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Panis Angelicus C.Franck
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君の歌を聞いていると君の心が伝わって来る様に感じます!
それは様々な理由が有るのだと思うのですけれど…
私にとって歌は二物ではありません。だから歌詞にメッセージを乗せるな〜んて事はやらないんだけれど 作詞作曲に於いて。 歌うたいにも、それはあるんじゃないかなと思う事があります。相変わらずの美声、もうそろそろ練習不足や体調不良を口にするのは止めにしませんか?歌の良し悪しは心だと思います。
あなたの歌は、闇の中の一筋の光に違いありません!
それをどう発射するかは持てる者の重大責任ですよね?
と、後輩に意見しているうちに自覚が芽生えたしまった私でした。勿論歌造りの方ですけれど
そしてアドバイスに感謝です。確かに、自分で練習どおりに、しっかり歌えたと思ったのに客受けが悪いこともありましたし、コンディションが最悪で歌声で勝負できないので、心を込めて歌ったところ、思いもしない感動につつまれたこともありました。
歌とは、心のキャッチボール。だから、できるだけ一人一人のお顔を見ながら歌うようにしています。目と目が合った人が感動を伝えてくれることが多いからです。
私は、先輩の作曲したオペラにより歌の世界に目覚めました。それまで、成績が悪く、歌をやめようと思っていた私が、大きく変身するきっかけとなったからです。あの時、本当にお声を掛けてくださり、ありがとうございました。
先輩の作曲した歌にとても期待しています。もしよろしければ、私にも歌わせてください。人生、これからが面白くなってくるような気がします。