2012年06月08日

書道塾の役割を考える

書道教師として心掛けていることは、お稽古の時間、一人一人のお子さんに120パーセントのエネルギーで接するということである。一切、手を抜かない。ここが大事だと思うのだ。

子ども3人から、一度に声をかけられたら、かけられた順番に、「はい、○○ちゃん」と、その子の声の色で声を返してやる。そして、「○○ちゃん、○○ちゃん、○○ちゃんの順番に添削するから待っててね」と言った具合で指示を出す。ここを面倒ぐさがると、子どもたちは付いてこない。薄ら返事は禁物なのだ。

ご家庭での躾のできていない子への対応としては、「やだ、もう書きたくない」と言ってから、何枚書かせるかが教師の腕である。「仕事のできる大人になりたかったら、ここからが勝負だよ。でないと、嫌な仕事は投げ出す大人になっちゃうよ。嫌なときに頑張れる人が偉いんだ。」などと子どもを説得し、書かせる。字が上手い下手なんて関係なし。取り組む姿勢を大げさな位に評価する。「○○ちゃん、あなたは書きたくないと言ってから、10枚も書いたじゃない。これは凄いことだよ。偉いことなんだ。」と褒めちぎる。こういう子に限って、家庭でも、学校でも叱られてばかりで、褒められた体験が少ないのである。褒められることに快感を感じるようになると、静かにお習字に取り組めるようになっていくのだ。

ご家庭での躾のできていない子に、「級が上がるから頑張れ」は通用しない。「いいもん、級なんて上がらなくて」とか、本心とは違う言葉が返ってくる。彼らには、賞状の価値もわからない。せっかく取った賞状も、「どうせ賞状なんて捨ててしまうから、取る意味なんて無いもん」と返事が帰って来る。躾のできているご家庭なら、賞状をとったことを祝ってくれて、かつ額に入れて飾ってくれるところなのだが、この子らの親は、何もしてくれないのだ。そこで、賞状をコピーし、塾に貼っている。塾で大いに祝うようにしている。「大丈夫、あなたの賞状は、ちゃんと塾に飾ってあるから、いつまでも飾ってあげるからね」と答える。

塾の教育は、そういったご家庭や学校で手の届かない手当てをすることにあると考えている。もちろん、ご家庭での躾のできているお子さんには、「級が上がるから頑張れ」「賞が取れるように頑張れ」が通用するので、そういった激励を飛ばしている。

ご家庭での躾のできていない子は、油断すると大騒ぎして他のお子さんの指導も妨害しかねない。ある子は、他の子に酷い意地悪をすることがある。そういう時は、一旦、お稽古を中断し、子どもたちととことん話し合うようにしている。すると、意地悪した原因が浮き彫りになっていく。朝にお父さんお母さんに意味無く怒られ、学校でも先生に悪いことをしたと疑われて怒られた。だからむしゃくしゃして誰かに当たりたくなった。はじめに言っていた意地悪の理由とは全く違った理由を話し始める。そういうときは、涙を流し、声をしゃくらせて話すのだ。「私は、どうせ悪い子だから」と話すので、「悪い子ではないよ。偉い子だよ。だって、悔しい気持を正直に先生に話したじゃない。悪いことに気がつける人って一番偉いんだよ。悪いことをしても、悪いことに気付かない人が多いんだからね。」そうすると、この子は、いじめた子に「ごめんなさい」と謝まるのである。そうしたら、さらに褒めちぎってあげるのだ。これは、いじめられた子にも良い学習になるのである。子ども同士のトラブルこそ、生きた道徳教育のタイミングと考えて、そのタイミングを逃さないことも教育だと考えている。

ご家庭での躾のできている子には、書道のいろいろな作品を見せて、鑑賞法を伝授する。子どもが感動した感じが掴めたら、書きたいように書かせてみる。そういった芸術性の扉を開く教育も展開している。一人一人、指導テーマが異なるので、全力で当たらないとうまくいかない。子どもたちは、全力で当たると、良い形で答えてくれるのだ。

この姿勢は、私の歌の師匠である、奥田良三先生と高橋洋子先生から学んだことである。両先生は、レッスン時間、全力で私に指導してくださった。まったく手を抜かないレッスンである。威張ることもなく、私を見下げることもない。逃げ出したくなるほど、集中した時間なのだが、愛情がビシビシ伝わってくるので逃げ出せない。そこでのレッスンが私の心の財産となっているのである。いつも、両先生のイメージを手本に指導を心掛けている。


今日は、とあるカトリック信者さんの葬儀ミサで歌う予定である。歌を歌うとき、その時間に全力を尽くす。そこには一点の雑念も存在しない。とても清い時間なのである。私が、少なからずも声楽の演奏で評価を得てきたのは、そこにあるように思う。全力で取り組むことが、感動を生むのである。歌の技術だけではないような気がする。心が抜けていると、どんなに良い声でも伝わらないのである。今日は、亡くなった信者さんの素晴らしき人生を素晴らしき楽曲の中に凝縮するつもりで歌わせていただきたいと思っている。





posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 04:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 書道教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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