2007年06月12日

収穫の日

昨日は、収穫の日でした。

妻が、疲れから仮眠を取ったのですが、その際、たまたま催眠療法的な感じとなり、彼女が「人を殺したい」「自殺したい」といった気持ちにさせる、潜在意識の奥の奥に沈めた記憶を引き出すことができました。

確かに、二度と思い出したくないような修羅場がそこにはありました。しかも彼女が幼児の頃の記憶です。

この原因を突き止めるのに、結婚してから、4年以上の月日が掛かりました。これまで、全力でやってきたつもりなのに、こんなにも時間が掛かるなんて…

この記憶を前提に、アファメーション(ポジティブな言葉を繰り返し唱えて潜在意識をクリーニングすること)ができるのでかなり希望が持てました。

過去の結果が、現在の状況なのです。

それは、もう仕方のないことです。

現在をいかに取り組むかが、未来の状況となります。

だからこそ、

過去の記憶の奴隷から解放されて、新しい気持ちで、未来に向かって生きていきたいものです。


posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 09:23| Comment(5) | TrackBack(0) | 心と体 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは。

連日の記事、拝見しました。
しろねこさんの、すばらしい「パワー」を感じます。
ここまでできるしろねこさんって、本当にすばらしいと思います。それに比べて、私なんか・・・(苦笑)。

私は、今日は、体育祭の振り替え休日で、医者巡りで終わりました。

麻酔科でのこともブログに書きましたので、良かったら、ご覧くださいね。
Drは、今更ながら、私が「CRPS」かどうかも含めて、悩ましいようです(苦笑)。

正直言いますと、わたしは、Drの「わからないんですよね」というような言葉には、ちょっと困る時があります。

だって・・・モルヒネも飲んでいるぐらいですから、一日も早く完治したいのです。なのに・・・。よくわからないのであれば、MRIも、再度撮って欲しいと言いました。しかし、「撮って欲しい患者さんはいっぱいいますから。何ヶ月も待ちますよ」「それでもお願いしたいんです」・・・結局MRIは撮らないようです。まあ、もう何度も撮ったので、いいんだと思いますが、でも、ちょっとね・・・。

あるDrは、以前、「治りますか」と聞いた私に、「ここにくる人は治る人なんかいませんよ」と言いました。たぶんDrは忘れていると思います。悪意が無い言い方だったことはよくわかっていますが・・・。
私のことを思ってそういってくれたのでしょうが、もう少し、嘘をついても罰はあたりまんよね。優しい嘘は、神様も推奨されるでしょう(笑)。

今、「プロスタグランジン」が効果があるようなので、希望を感じます。ですが、早く特定疾患になって、徹底的に研究してほしいですね。

いつもは2週間に一度の麻酔科通院ですが、ここのところ間隔を狭くして点滴してもらえるのが助かります。

私は、教員として今まで「なんと言うこともなく」出来たことが、たくさんあったことがわかりました。

しかし、もうそいった普通のことも、なかなか「きつかったり」して・・・。そんなことを、もどかしく思っても仕方がないんですよね。でも、やっぱり、くやしいです。

神様が何か意味を持って私に与えた試練、使命だと思っていくしか、ない。そう感じます。

考えてみると、私なんて、発病するまでは、ものすごくバイタリティーを持って仕事をしていました。

だけど、きっと、「いい気になっていた」部分もあったと思うんですよね。

きっと、神様は、私に意味あってこの試練、苦しみを与えているんだと・・・。

きっと、意味あってこのハンディを与えているんだと思います。

病気になって、見えてきたことがたくさんあります。違った世界が見えてきた事がたくさん、あると思います。

人間は死ぬことよりも、そこに至る痛みが怖いのでしょう。

「死」・・・・。今、「死」は怖くないんです。でも、「苦痛」は、もう疲れました。

明日、また笑顔で生徒と会えるよう、体の痛みは隠します。

新しい治療に、こんなに期待していること、少しでも効果を感じるとこんなに喜んでいること、神様は知っているかな?

もし、知らなかったら、ちょっと、もう頑張っていけるかどうか、自信がないかなぁ・・・。

Posted by TOM at 2007年06月13日 22:53
TOMさん、コメントありがとうございます
酷いお医者さんですね。まさに、ドクハラです。
しろねこが医者なら、患者さんが希望が持てるように話すと思います。でも嘘をつくのではありません。神様を信じているからです。

欧米では、障害者の奇跡の証が多いと思います。それは、キリスト教を基盤としていることが大きいように思います。

しろねことしては、TOMさんにキリスト教の伝道活動やって欲しいと願います。きっと学校との両立が難しいと思うので、将来できるように、今から準備してほしいです。
しろねこはカトリックですが、こういう方面は、プロテスタントの方が積極的なようです。
そういう活動をしているうちに、多くの人々の前で、すごい奇跡が起こるようなイメージをしろねこは感じています。
心より応援しております (=^・^=)ノ
Posted by 盛岡のしろねこ at 2007年06月14日 09:00
しろねこさん、こんばんは。
お返事ありがとうございます。

「伝導」ですか・・・。私は、クリスチャンではありません。幼稚園と大学はミッション系でしたが、それとても、信仰が合っての選択ではありませんで、特に大学(立教)は、やりたい勉強が出来る学部・学科(文学部日本文学科)があり、いわゆる偏差が良い大学の一つで、雰囲気も気に入っていたので、何校か合格した大学の中で選択して入学したのが、実際の所です。ですが、これとても見えない糸があったのかもしれません。

家のお墓は浄土真宗のお寺にあり、特に宗教的な活動はしていなかったです。
ただ、キリスト教には、心癒されるところがあり、新潟在住の牧師さんとメールを交換したりもします。
「癒される」・・・これは、理屈を越えたものです。聖書の章句に、癒しをいただくこともあります。

本当に、そういったことが、大きな生きる希望につながることは、理解できるように思います。

昔、慶応大学の文学部の英語の「超」長文問題で、障がい児の子どもが、ある夜、一人でピアノを弾いている。親は感涙にむせび、毎日祈っていた神様に感謝する・・・。といったような内容のものが出たように思います。私は、受験生時代に、問題集でこの問題を勉強した時、泣けるほど感動して、問題を解くことなんて忘れてしまいそうでした。

伝道って、変な話、日曜日も休めませんよね。大学時代、一時期、大学内のチャペルの「日曜学校」の「先生」をしていました。日曜日が休めないと、体がもたない・・・そんな本筋から離れたところで考え込んでしまうおろかなTOMなのでした・・。



Posted by TOM at 2007年06月14日 23:11
TOMさん、コメントありがとう
ちょっとショックを与えすぎてしまったみたいですね。すみませんでした m(__)m

新潟の牧師さんとのメールやり取り、大事にして欲しいです。

しろねこの知っている伝道師は、夫婦宣教師で、夫婦共に末期癌の治療をしています。お二人共、「命の限り」と頑張っていらっしゃいますが、いつも笑顔で、言われないと末期癌であると誰もわからないほどです。病院にだってちゃんと通院していますよ。あの明るさだと、亡くなる時、「バイバーイ!」って感じなのかなって思います。

しろねこは、明日、そのご夫婦宅での食事会に招かれているんです。そのご夫婦と語り合う時、聖霊を強く感じられ、心が躍るような感覚になるんですね (=^・^=)ノ

Posted by 盛岡のしろねこ at 2007年06月15日 10:02
しろねこさん、こんばんは。
お返事拝見しました。

すばらしい宣教師の方のお話ですね。勇気がでます。
明るく闘病することを、時々忘れてしまう私は、見習うところがあるようです(*^_^*)
Posted by TOM at 2007年06月15日 21:19
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