2007年07月30日

東京にて

数週間前も東京に行きましたが、私の場合、東京に行くと不思議とパワーがもらえるようです。今回の旅でも、多くのことを学ぶことができました。一人旅ではありましたが、とても充実していました。

午前は、カトリックのミサに出席しインドネシア人神父の素敵なメッセージに感動しました。昼は、パソコン整備士協会の合格者セミナーに出席。夜は街頭でプロテスタントのゴスペルコンサートに誘われ会場の皆さんと感動を共有できました。人生を大きく変えるような素晴らしい本を1冊読みきることもできました。わずか1万円の所持金でしたが、ほぼ半分しか使わないで済みました。今日は、昨日思い巡らしたことについての一部を紹介したいと思います。


ここに3歳の子供がいたとします。

その子どもを真ん中に座らせて、おまえはなんて馬鹿なんだ、何一つまともにできやしないではないか、こうすべきだった、ああすべきではかなった、と責め立てたらどうなるでしょう。

その子は、部屋のすみっこに引きこもり、可能性を封じられて育つのではないでしょうか。

私たちは大人でも、心の中に「いつも3歳の子どもがいる」と考えるのだそうです。

あなたは、あなた自身を叱っている相手は、自分の中にいる3歳の子どもに対してなのです。

もっと、自分に優しくあって欲しいと思います。自分を可愛がって良いのだと思います。

そして、自分自身でも、自分の中にいる3歳の子どもに優しく語りかけ、励ましてあげるのです。

そして、自分と同じように、相手の心の中にも3歳の子どもがいると考えるのです。


人生の台本は、幼い頃に受けたメッセージに基づいていると思います。親から受けた言葉を真実として素直に受け止めてきたのです。

でも、これからの残りの人生は、自分で書いた台本で生きていきましょう。
残りの人生を親を批判したり、誰かの犠牲者として生きることは簡単です。でも、それでは幸せを感じられる体質とはいえません。


バイキング料理をイメージして欲しい、ご馳走の違った大皿の変わりに、考えの違った大皿が並んでいるとしましょう。あなたは、自分の望む考えをどれでも選ぶことができます。

その選びこそが、未来の経験をつくり出すのです。

問題や苦しみを生み出す考えかとを選ぶこととは、具合が悪くなる食べ物を選ぶようなもの。1回や2階は失敗するかもしれませんが、どの食べ物で具合が悪くなるかがわかったら、もうそれを食べなければいいのです。

他にも、食べ物があるのだから、心を広く持ちたいものです。

自分の意志で、自分の責任で、選んだことで人生を歩んでみませんか。


過去を手放すことは、大きな成長になります。

でも、過去を手放したら、自分が無くなってしまうのではないかと怖くも感じるかもしれません。

過去を手放すことは、「小さな自分」を手放すだけで、その代償として、素晴らしい可能性のある「大きな自分」が手に入るのです。

残念ながら多くの場合、私たちは、素晴らしい可能性のある「大きな自分」の存在に気が付いていないのです。


posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 11:44| Comment(0) | TrackBack(1) | 心と体 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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暑中見舞
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