2008年05月29日

25.内なる支援者を育成する

30代の頃の私は、ハードな肉体労働者をしていました。しかも、体力勝負の男たちだけの世界。

私は、40歳を過ぎてから結婚しましたから、現場での休憩時間には、私が結婚できないでいることを笑いのネタにされました。ホモではないかとか、変質者ではないかとか、幾度となく、心の傷つく言葉を浴びせられました。

少々デリカシーに欠ける男たちゆえ、冗談もきつく、私と同様に結婚できないでいた同僚は、そのことで心がすっかり滅入ってしまい、何度も精神病院に入院しました。毎週月曜日に、通院していたのですが、病院から職場に来るや、「お前は、週休二日でも休みが足りなくて、さらに半日休むとはいい気なもんだな…」とやじられるといった具合でした。

私はといえば、彼以上にやじられていた割には、自尊心を失うことなく、自分を高められていけたと思います。

鉄筋加工の仕事では名人芸?を身に付け、自分の居場所を築いていきました。さらには労働組合の委員長になってからは、会社から一方的に叩きつけられた職能給制度に対し、組合独自の給料制度を作成して阻止。ベースアップも勝ち取るなど、現場の労働者たちから頼られる存在になっていきました。そして、私のことをだれもやじらなくなりました。

当時の私は、かなりのめり込んだクリスチャンだったので、心にはいつも聖書の言葉がありました。その言葉があったので、どんなに酷い言葉を浴びせられても、自信を失うことがありませんでした。「自分は間違っていない」という自信があったからです。聖書の後ろ盾は、とても大きかったように思います。

現在は、多くの人との交流を持っているので、その当時のようなキリスト教オンリーな考え方はしていません。ニュートラルなスタンスで考えるようになりました。その交流を通して、何もキリスト教でなくても、私と同じように、信仰という後ろ盾によって、自尊心を守り続けてきた人がいることを知ることもできました。

私は、人を励ますことを大切にしています。心を込めて誰かを励ましていると、その言葉が潜在意識に落ちて、苦しい時、辛い時、潜在意識に方から、励ましの言葉が上がってきます。このことで、自尊心を守り育てることができるのです。

多分、いつも他者にけなしの言葉を浴びせているような人は、苦しい時、辛い時、潜在意識の方から、自分に向かって、けなしの言葉が上がってくることでしょう。このことで、自尊心はどんどん失われていき、嫌われ者になっていくように思うのです。

他者を励ますことを喜びとしている人は、どんどんポジティブな心になっていくのだと思います。

歌手の宇多田ヒカルさんが、「自分は、善人だと思うか。悪人だと思うか」との問いに、「自分は悪人」と答えていました。その理由が、「自分は善人」と答える人は、嘘っぽいというか気持ち悪いからとのこと。

私も、自分を善人とは考えていません。声楽をやっているのですが、いつも自分は一番と思い込んでやっています。そういった負けず嫌いで少々思い上がった性格でないと芸術には向いていないと思うからです。そういう面では、性格悪いです。でも、優しいところもあると思うし、良いところもあれば、悪いところもあるから、人間らしいのだと考えるようにしています。

宗教をやることは、「善人になるため」なんて考えていません。「自分を信じる強さが欲しいから」というのが、その理由の一つなのだと思います。自分に自信を与える言葉は、大いに心にインプットしていった方が、強くなれると思います。


大いに他者を励まそう。
他者を励ますその言葉は、苦しい時、辛い時、「自分への励ましの言葉」として返ってくるのだから。
内なる批判者ではなく、内なる支援者を育成していこう。


※こののフレーズを10回声に出して唱えると、アファメーション(自分自身に向かって唱える自 己肯定の言葉)効果がありますよ (=^・^=)ノ


参考文献:『自信の法則』 ジェリー・ミンチントン=著 弓場 隆=訳 (ディ スカバー)


posted by 盛岡のしろねこ / 佐藤 潤 at 20:32| Comment(0) | TrackBack(0) | アファメーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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